鳥の胚性幹細胞を培養する鍵は卵黄成分であることを発見

(ポイント)

  • 卵黄に含まれるオボトランスフェリンというタンパク質と低分子阻害剤などの成分を組み合わせることで、ニワトリを含む8種類の鳥類から胚性幹細胞の樹立・維持を可能にする新しい培養条件を確立しました。
  • 新しく樹立したニワトリ胚性幹細胞はFormative型多能性と生殖細胞への分化能を持ち合わせていることを明らかにしました。
  • 本研究で確立した鳥類胚性幹細胞技術は、胚発生や家禽分野の研究だけでなく、絶滅危惧種や絶滅種の保全や復元研究など、幅広い分野への応用が期待されます。

(概要説明)

 熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)の永井宏樹リサーチスペシャリストとGuojun Sheng 教授は、南カリフォルニア大学のXi Chen研究員(現カリフォルニア工科大学)、Qi-Long Ying教授らと共同で、卵黄に含まれるオボトランスフェリンというタンパク質と低分子阻害剤などいくつかの成分を組み合わせることで、ニワトリを含む8種類の鳥類から胚性幹細胞を樹立するとともに長期間の維持培養に成功しました。実験実施にあたっては本学理学部の中窪まりん氏(現・本学大学院自然科学教育部)、松原凪咲氏、工学部の瀬戸ともか氏の3名の学部生が技術補佐員として貢献しました。本研究は、令和7930日(米国東部時間05:00)に科学雑誌Nature Biotechnologyに発表されました。

 本研究は、米国ReviveRestore、米国国立衛生研究所、JST e-ASIA共同研究プログラムの支援のもと行われました。

 

(説明)

[背景]

 胚性幹細胞は2つの主要な特徴、自己複製能と多能性、を保持しています。自己複製能があることで、胚性幹細胞は自らを幹細胞として増殖させ続けることができます。また、多能性を保持する細胞は三胚葉(内胚葉・中胚葉・外胚葉)へ分化することができ、最終的に私たちの体を構成するすべての組織や器官を形成することができます。これまでの胚性幹細胞の研究は、哺乳類モデルが主導して進められてきました。その一方で、鳥類モデルの胚性幹細胞に関する研究は最適な培養条件が明らかになっていなかったため大きく遅れをとっていました。

 

[研究の内容と成果]

 今回の研究では、鳥類の胚性幹細胞の培養条件を最適化するため、まず発生の理解が進んでいるニワトリに着目しました。産卵直後の有精卵から卵黄上にあるニワトリ胚(胚盤葉)を取り出し、幹細胞の分化を促すシグナルを阻害する2種類の低分子阻害剤(IWR-1:Wntβ-カテニンに関連するシグナルを阻害/Gö6983:プロテインキナーゼCファミリー由来のシグナルを阻害)を加えた培地で培養を行いました。しかし、ニワトリ培養細胞は多能性遺伝子の発現を示すものの、長期間の維持培養には至りませんでした。ところが、興味深いことに胚と一緒にたくさんの卵黄が培養皿へ持ちこまれた場合、培養細胞がよりよく増殖する傾向がみられました。このことから研究チームは、維持培養には卵黄に含まれる天然成分が不可欠であると考え、卵黄成分を探索しました。その結果、オボトランスフェリンというタンパク質が細胞増殖をサポートしていることが明らかになり、2種類の阻害剤と合わせた3つの成分がニワトリ胚性幹細胞培養に必要であることがわかりました。

 一方、他の鳥類では3つの成分だけでは不十分であり、鳥類種ごとに培養条件の最適化が必要でした。例えば、キジ、アヒル、七面鳥の場合では、心筋細胞への分化を防ぐために第4の成分としてSB431542という阻害剤が必要でした。また、ウズラ、ガチョウ、クジャクでは、4成分にニワトリ由来のLIF(白血病阻止因子)を加えた5成分が必要でしたが、ダチョウでは5成分での維持が難しく、LIFを取り除くことで培養を維持することができました。さらに、5成分条件で培養したニワトリ胚性幹細胞は、3成分条件で培養した場合に比べて、より高度な多能性を長期間維持できることがわかりました。この5成分条件で樹立維持したニワトリ胚性幹細胞は、分化誘導培養で三胚葉(内胚葉・中胚葉・外胚葉)へ分化する能力を示すとともに、生殖細胞へ分化する能力も併せ持つことがわかりました。また、産卵直後のニワトリ胚に胚性幹細胞を移植した場合では、体細胞キメラ胚(移植先のニワトリ胚と胚性幹細胞から分化した細胞が混ざり合ったモザイク胚)が形成されました。これら典型的な胚性幹細胞としての特徴と遺伝子発現解析から、5成分条件で培養したニワトリ胚性幹細胞の多能性は、哺乳類の胚性幹細胞で規定されるPrime型ではなく、高度な多能性であるNaive型により近いFormative型であると考えられました。

[展開]

 本研究で確立した新しい鳥類胚性幹細胞は、ゲノム編集なども容易であることから、従来の胚発生や家禽分野における基礎・応用研究だけではなく、培養肉生産技術の開発、鳥類絶滅危惧腫・絶滅腫の保全・復元研究など、さまざまな分野への応用が期待されます。

[用語解説]

※胚性幹細胞:発生初期段階の胚から体外培養により作られる細胞。体を構成するすべての組織、器官および生殖細胞に分化する能力を持つ。

(論文情報)

論文名:Derivation of embryonic stem cells across avian species

著者:Xi Chen*,Zheng Guo,Xinyi Tong,Xizi Wang,Xugeng Liu,Hiroki Nagai,Ping Wu,Jiayi Lu,David Huss,Martin Tran,Carol Readhead, Christina Wu,Lin Cao,Yixin Huang,Zhaohan Zeng,Fan Feng,Nima Adhami,Sirjan Mor,Rusty Lansford,Cheng-Ming Chuong,Guojun Sheng, Carlos Lois,Qi-Long Ying* . (* co-corresponding author

掲載誌:Nature Biotechnology

doi:10.1038/s41587-025-02833-3

URL:https://www.nature.com/articles/s41587-025-02833-3

【詳細】 プレスリリース(PDF322KB)



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