維管束が茎器官の丈夫さに貢献することを証明 ~建築分野における次世代柱の設計への活用の期待~

【研究の背景】

 植物が地面から空へと成長する姿は、植物の陸上進出、巨大化の象徴といえます。植物は維管束(注1)を持った丈夫な茎を形成することでこれらを達成してきました。茎の丈夫さは、茎が地面に対して直立し、重力に逆らいながらも成長できる仕組みに依存しており、それには茎の内部の維管束の細胞群が重要な役割を果たしていることが分かっています。茎の丈夫さに関する別の重要な視点は、茎が器官として一体的に構造を維持する仕組みです。植物は、強風や雨などの外的要因に加えて、植物自身の成長に由来する内側からの力学的なストレスにもさらされています。私たちは、茎を構成している細胞の成長バランスが破綻すれば、亀裂が生じることを、先行研究により明らかにしています(Asaoka et al., 2021注2)。その研究では、茎の最外層である表皮組織の頑丈さが、亀裂の発生を抑えることに重要であることを証明しました。一方で、茎の内部には比較的柔らかな細胞や強固な細胞壁を持つ細胞が混じっており、サイズもさまざまな細胞群が共存しています。維管束を含む茎の内部の細胞群が亀裂の発生にどう影響を与えるのかは、未解明のままでした。

 

【概要説明】

 今回、東京学芸大学のFerjani Ali准教授、産業技術総合研究所の光田展隆副研究部門長、東京大学の塚谷裕一教授、熊本大学の澤進一郎教授、INRAE LyonのHamant Olivier教授らの研究グループは、上記の疑問に答えるべく、茎の成長過程における茎内部の維管束組織の力学的な関与について研究しました。その過程で、光田副研究部門長らの大規模なスクリーニング(注3)の中から、茎に亀裂が生じる系統を新たに見出しました。そしてこの系統について、茎の内部組織の各細胞の形態の詳細な解析に取り組みました。その結果、今回私たちは、茎内部における維管束の配置の重要性に気づきました。今回の研究成果は、国際誌DEVELOPMENT誌(オンライン版)に2023年2月7日午前0時(グリニッジ標準時)付で掲載されました。

 

【研究の成果】

 今回の研究成果の土台となっている先行研究(Sakamoto et al., 2018 注4)では、茎が倒れる異常を示すシロイヌナズナ系統(nst1 nst3変異体)にランダムに転写因子遺伝子(注5)を導入して、茎が自立できるようになる系統を探索するという大規模スクリーニングが行なわれました。私たちは、このスクリーニングに用いられた系統の中から、茎に亀裂を示す系統がないか探索しました。その結果、転写抑制化ドメインSRDX(注6)を付加したIDD9遺伝子(注7)を繊維細胞(注8)特異的に発現しているpNST3:IDD9:SRDX系統で、茎に亀裂が生じることを発見しました。この系統では、茎は成長当初は野生型系統(標準的な系統)のように伸長しましたが、次第に茎が倒れ始め、同時に茎に亀裂が生じることが分かりました。内部構造の観察の結果、この系統では茎内部の維管束やその周囲に存在する繊維細胞が過度に肥大し、茎の外側に位置する表皮細胞が、外側へと押しやられ横方向に引き伸ばされている様子が見られました。これらの結果から、茎の内部組織の成長の適切な制御が、茎の構造維持に必要であることが明らかになりました。

 また、茎の亀裂部分の観察結果では、維管束部分は変形しているものの壊れることなく保持されていたことから、茎内部のさまざまな細胞は、それぞれ力学的ストレスへの耐性が異なることが考えられました。そこで、遺伝学的に茎内部の維管束の数を増加させてみると、一本の茎あたりに生じる亀裂が、多い場合では10箇所以上にも増加しました(図1D. pNST3:IDD9:SRDX clv3系統)。一方で、一つ一つの亀裂は小さくなったことから、維管束の数が増えたことで茎器官における力学的状態に変化が生じたことが考えられました。これは、維管束自体は丈夫な構造であるものの、茎器官内において強度の不均質さが増幅されることで、亀裂が生じやすい弱点となる箇所を生み出していることを示唆する画期的な発見です。

 また茎に亀裂が生じるpNST3:IDD9:SRDX系統では、野生型の植物ではみられない、茎の先端部分が枯れていく現象がみられました。これは、亀裂が生じたことにより、維管束による植物体内の水や養分の輸送が滞った副作用と考えられます。

 以上の私たちの研究成果によって、茎が丈夫であることに加えて、茎が通道組織としての機能を発揮するためには、成長制御によって力学的な均衡が保たれる仕組みが重要であり、それに対する維管束組織の貢献が明確になりました。応用的には、丈夫で、かつ機能的な構造物を作るための手がかりとなることが期待されます。

【用語解説】

注1) 維管束:シダ植物と被子植物が持つ、植物体内の水分や養分が通る内部組織。茎では主に、管(道管、師管)と繊維(支持組織)が束になって構成される。
注2) Asaoka et al. (2021)
Development (2021). 148(4), dev198028. doi:10.1242/dev.19802
Stem integrity in Arabidopsis thaliana requires a load-bearing epidermis 「シロイヌナズナの茎の整合性の維持を表皮が担う」。
注3)、注4)大規模なスクリーニング、Sakamoto et al. (2018)
Complete substitution of a secondary cell wall with a primary cell wall in Arabidopsis. Sakamoto et al., Nature Plants (2018). 4, 777-783. doi:10.1038/s41477-018-0260-4
このスクリーニングにより、植物の一次細胞壁の形成を制御する遺伝子の発見を報告している。
注5) 転写因子遺伝子:他の遺伝子の遺伝子発現を調節するタンパク質をコードしている遺伝子。全遺伝子の約5~10%を占める。
注6) 転写抑制化ドメインSRDX:転写因子に付加すると(キメラリプレッサー)、本来の標的遺伝子の発現を抑制するドミナントネガティブ体となる。産業技術総合研究所の研究グループによって発見され、今日では広く植物の分子遺伝学的研究に用いられている(Hiratsu et al., Plant J., (2003) 34, 733. doi:10.1046/j.1365313X.2003.01759.x)。
注7) IDD9:INDETERMINATE9の略称。別名、BALDIBIS/AT3G45260。ジンクフィンガーモチーフをもつBIRDファミリーの転写因子遺伝子の一つ。シロイヌナズナではIDD1からIDD16までが確認されている。
注8) 繊維細胞:茎や胚軸に存在する細長い細胞。二次細胞壁を形成し、植物体を機械的に支持する機能を受け持つ。茎内部では数層の細胞から成る輪状の組織として存在する。


【論文情報】

・発表雑誌
 国際誌 Development誌 2023年2月7日午前0時(グリニッジ標準時)付でオンライン版に掲載
(Development 150, dev201156. doi:10.1242/dev.201156)
・論文タイトル
 Contribution of vasculature to stem integrity in Arabidopsis thaliana
 シロイヌナズナの茎の整合性の維持における維管束の貢献
・著者
 Mariko Asaoka, Shingo Sakamoto, Shizuka Gunji, Nobutaka Mitsuda, Hirokazu Tsukaya, Shinichiro Sawa, Olivier Hamant, Ali Ferjani.
・研究グループ
 本研究は、Ferjani Ali(東京学芸大学生命科学分野 准教授)、光田展隆(産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 副研究部門長)、塚谷裕一(東京大学 大学院理学系研究科 教授)、澤進一郎(熊本大学生物環境農学国際研究センター 教授)、およびHamant Olivier(Université de Lyon, ENS de Lyon, INRAE Lyon 教授)の研究グループの共同研究として実施されました。
・研究サポート
 本研究は科学研究費補助金MEXT KAKENHI Grant Number JP 18H05487の助成により研究が進められました。

【詳細】 プレスリリース(PDF533KB)



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