ナノ秒オーダーのきわめて短い電気刺激による免疫細胞の活性化

【ポイント】

  • ナノ秒パルス高電界1はきわめて短い時間に限局して強い電気的作用を与えることができる技術である。
  • ヒト培養細胞HL-60を好中球へと分化させてからナノ秒パルス高電界で刺激すると、好中球細胞外トラップ2と呼ばれる細胞応答が誘発される。
  • ナノ秒パルス高電界は細胞を刺激してその機能を引き出すための新しい物理的手段として様々な応用の可能性が考えられる。

 【説明】

 ナノ秒パルス高電界は、ナノ秒オーダーのきわめて短い時間に限局して強い電気的な作用を与えることができる技術で、生命科学をはじめとする様々な分野において新しい物理的手法として注目を集めています。
 熊本大学パルスパワー科学研究所の矢野憲一教授を中心とする研究グループは、血液の細胞分化研究に使われるヒト培養細胞HL-60を好中球と呼ばれる免疫細胞へと分化させ、これにナノ秒パルス高電界を作用させた際に誘起される細胞の応答反応を解析しました。その結果、細胞からの染色体DNAの放出や、細胞核内でDNAを巻きつけているタンパク質であるヒストンにシトルリン化3と呼ばれる特殊な修飾反応が生じることを観察しました。これらの反応は好中球へと分化させた細胞でしか起こらなかったことから、体内に侵入した細菌が好中球を刺激した際に引き起こされる好中球細胞外トラップ形成と呼ばれる細胞応答と同等のものと考えられます。つまり細菌などを使うことなく、ナノ秒パルス高電界によって好中球を刺激してその細胞応答を引き起こすことができたことを意味します。
 これまでの多くの研究からナノ秒パルス高電界はガン治療での利用が有望視されてきましたが、それに加えて本研究では細胞を刺激してその機能を引き出すための新手法として幅広い応用の可能性があることを示しました。
 本研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに公益財団法人ノバルティス科学振興財団の支援を受けて行われ、その成果は令和元年6月11日に「Scientific Reports」に掲載されました。

〈用語解説〉
※1. ナノ秒パルス高電界:
 ナノ秒オーダーのきわめて短い時間に限局して強い電気的な作用を与えることができる技術で、本研究では80ナノ秒の電気パルスを20 kV/cmの電界強度で細胞に作用させた。
※2. 好中球細胞外トラップ:
 好中球は白血球の一種で、細菌などの感染に対する防御に重要な役割を担っている。好中球は細菌などの刺激によって細胞核の内部から細胞外へとDNAを放出することが知られている。放出されたDNAは好中球細胞外トラップ(Neutrophil extracellular trap)と呼ばれる。好中球細胞外トラップ形成は感染に対する防御反応の一つと考えられている。
※3. シトルリン化:
 タンパク質は様々な特性を持つ20種類のアミノ酸から構成されている。シトルリン化はタンパク質の化学修飾の一つで、塩基性アミノ酸であるアルギニンを中性アミノ酸であるシトルリンへと変換する反応である。ヒストンは塩基性アミノ酸であるアルギニンを多く含み、酸性物質であるDNAを巻きつけて核内に収容する役割を持つ。シトルリン化によってヒストンは塩基性が低下し、DNAを巻きつける力が弱まる。



【論文情報】
論文名:Nanosecond pulsed electric fields induce extracellular release of chromosomal DNA and histone citrullination in neutrophil-differentiated HL-60 cells.
(ナノ秒パルス高電界は好中球に分化したHL-60細胞からの染色体DNAの放出とヒストンのシトルリン化を引き起こす)
著者:Tsubasa Koga, Keiko Morotomi-Yano, Takashi Sakugawa, Hisato Saitoh, Ken-ichi Yano(責任著者)
掲載誌:Scientific Reports
doi:10.1038/s41598-019-44817-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-019-44817-9


【詳細】
プレスリリース本文(PDF 345KB)

お問い合わせ
パルスパワー科学研究所 教授 矢野 憲一
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