仙台伊達家第三代藩主・伊達綱宗公の墓室から発掘された微量有機成分を同定し、用途を推定しました

【ポイント】

  • 仙台伊達家第三代藩主 伊達綱宗公 (1640-1711)の墓室から発掘された微量の有機物をガスクロマトグラフ質量分析装置 (GC/MS) *1で分析し、複数の脂肪酸と松脂(まつやに)に特有の成分を同定しました。
  • 江戸時代、松脂は油脂と混合し塗薬として売られていました。晩年の綱宗公は歯肉癌を患っており、当該成分は鎮痛目的の膏薬である可能性が窺えます。一方、分析対象物は漆塗りの木製器に入れられ、紅皿・櫛・ヘラ・ハサミとともに高貴な手箱に納められていました。このため、整髪目的の「鬢(びん)付け油」である可能性もあります。
  • 高温多湿の日本では、墓室に副葬された有機物の残存・分析例は極めて少ないため、本研究により、江戸時代の大名家の埋葬文化を推する歴史価値の高い知見が得られました。

【説明】

 熊本大学大学院先端科学研究部の中田 晴彦准教授、熊本大学大学院自然科学教育部博士前期課程2年(研究当時)の原野 真衣大学院生、公益財団法人瑞鳳殿の伊達 泰宗名誉資料館長(仙台伊達家第十八代当主)及び渡部 治子学芸員らの研究グループは、戦国武将 伊達政宗公の孫で仙台伊達家第三代藩主 伊達綱宗公の墓室から発掘された微量の有機物をガスクロマトグラフ質量分析装置 (GC/MS)で分析し、複数の脂肪酸と松脂に特有の成分を同定しました。
墓室から発掘された副葬品の一つに、酸漿蒔絵合子(ほおずきまきえごうす)という漆塗りの雅な木製の器があります(図1)。本研究はその中に遺されていた有機成分を、起源と用途の推定を目的として化学的手法で同定しました。
まず、当該試料をフーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)*2で分析したところ、脂質が含まれている可能性が示されました。次に、同試料を有機溶媒に溶解しその一部をGC/MSに導入したところ、脂肪酸のパルミチン酸とステアリン酸に加え、松脂に特異的に含まれるピマル酸・デヒドロアビエチン酸・アビエチン酸等が検出されました(図2)。このため、測定対象物は生物由来の油脂と松脂の混合物であることが分かりました。
江戸時代、松脂は他の油脂と混ぜて炎症や痛みを抑える膏薬として市場に流通していました。熊本藩初代藩主の細川忠利が息子の光尚に送った書状には、「松脂膏薬を送る」旨の文言があります。晩年の綱宗公は歯肉癌を患っていたため、測定対象の有機物は鎮痛を目的とした塗薬の可能性があります。一方、松脂と植物性油脂の混合物は江戸期に整髪のための鬢付け油として売られていました。測定対象物は漆塗りの木製器に入れられ、紅皿・三種の蒔絵櫛・牙製ヘラ・ハサミと併せて高貴な手箱に納められ、綱宗公のご遺体のそばに置かれていました。これらは化粧道具を連想させるものであり、故人にとって身支度のための重要な品々であったと考えられます。以上より、測定した有機物は鬢付け油である可能性もあります。

【用語解説】

*1 ガスクロマトグラフ質量分析装置 (GC/MS)
環境試料中の有機混合物を分離し、高感度で定性定量する装置。化学物質の汚染調査や低分子化合物の構造解析など、広範な分野で用いられる。
*2 フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)
試料に赤外光を照射して透過または反射した光量を測定する分析装置。分子の構造や官能基の情報をスペクトルから得ることができ、物質定性に用いられる。

【論文情報】

雑 誌 名:International Journal of Historical Archeology
タイトル:Analysis of Organic Residue in a Wooden Vessel Excavated from a Tomb of Japanese Samurai Buried in the Seventeenth Century
著    者 :Mai HARANO, Yasumune DATE, Haruko WATANABE, Haruhiko NAKATA
DOI 番号:10.1007/s10761-023-00693-8
論文URL:https://doi.org/10.1007/s10761-023-00693-8
International Journal of Historical Archeology, 1-13.
Published on line: January 19, 2023.

【詳細】 プレスリリース(PDF411KB)



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