日本が開発した高強度マグネシウム合金はなぜ強いのか ―その場中性子回折実験で変形中の構成相それぞれのふるまいを解明―

【ポイント】

  • 日本で開発されたマグネシウム合金(LPSO-Mg 合金)は、Mg 母相と長周期積層構造(LPSO)相から構成され、軽量でありながら、その密度あたりの強度は鉄鋼で一番強いと言われているマルテンサイト鋼と同程度です。今後、航空機・自動車用部品への応用も期待されています。
  • マグネシウム合金の加工法の一つである高温押出を施すと、LPSO-Mg 合金の強度が大きく向上します。しかし、なぜ強度が増加するのか、そのメカニズムは解明されていませんでした。
  • そこでJ-PARC の大強度な中性子を用いて、高温押出加工をしたLPSO–Mg 合金に対して、引っ張りながら測定する「その場中性子回折実験」を行い、引張変形中の構成相それぞれのふるまいを調べました。その結果、合金を構成するMg 相・LPSO 相とも高温押出加工によって強度が高められていることが分かりました。
  • 押出の条件により、Mg 相及びLPSO 相それぞれにおける組織発達が異なり、LPSO–Mg合金全体の強度と延性に大きく影響していることが分かりました。
  •  高温押出などの加工によるMg 相及びLPSO 相の組織制御は、マグネシウム合金の今後の開発に大きな指針を与えます。

【概要説明】

日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下、原子力機構)J-PARC センターのハルヨ・ステファヌス研究主幹、ゴン・ウー研究副主幹、相澤一也研究員、川崎卓郎研究副主幹、熊本大学(学長 小川 久雄、以下、熊本大学)の山崎倫昭教授の研究グループは、高強度マグネシウム合金(Mg97Zn1Y2 合金。以下、LPSO-Mg 合金)が高温押出加工により強度が大きく増加する
メカニズムを解明しました。なお測定には、J-PARC の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置している高性能工学材料回折装置TAKUMI(以下、TAKUMI)を用い、LPSO–Mg 合金の試験片を引張変形させながら測定する「その場中性子回折実験」で解析しました。熊本大学が開発した高強度なLPSO-Mg 合金は、マグネシウムの母相(以下、Mg 相)の中にLPSO 相と呼ばれる相を含んでいます(図1(a))。高温で圧力をかける高温押出加工を行うと、LPSO-Mg 合金の強度が大幅に増大します。そのため、航空機や自動車等の構造材料として期待されています。強度の向上は、高温押出加工によってキンク帯注1 という構造がLPSO 相へ導入されたことが理由の一つと推測されています。しかし、高温押出加工を行うことでLPSO-Mg 合金のそれぞれの構成相がどうふるまうのかはこれまで不明でした。そこで、高温押出加工で強度が増大するメカニズムの解明のため、押出比を変えて高温押出加工したLPSO-Mg 合金を用意し、それぞれ引張変形させながら「その場中性子回折実験」を実施し、それぞれの構成相が負担する応を観測しました。中性子回折は、構成相別の原子配列を試料全体平均として観察するのに優れています。さらに、J−PARC の大強度中性子と実験装置を用いれば通常の変形試験と同じ条件下でのその場中性子回折実験を行うことができます。解析の結果、以下のことが分かりました。
① 合金中で、Mg 相は柔らかい相として、LPSO 相は硬い相としてふるまいます。高温押出加工によりLPSO 相のみでなくMg 相も強度が高められました。そのうち、LPSO 相の強度増大は高温押出によって導入されたキンク帯と集合組織注2 の発達によるものです。
② 押出比が低い場合、Mg 相の中に複数の組織形態が同時に存在する「マルチモーダル」(図1(b))と呼ばれる状態に変わることで、効率的にMg 相の強度が高められました(図1(c))。これにより、Mg 相の強度増大がLPSO 相の強度増大を上回り、LPSO–Mg 合金全体の強度を大きく増大させました。この様に、高強度LPSO–Mg 合金の高温押出加工による大きな強度増大のメカニズムを、定量的かつ詳細に解析できました。その理由は、中性子が高い透過能力を持ち、原子レベルでの解析が可能なため、中性子回折実験によりLPSO–Mg 合金中のそれぞれの構成相のふるまいを詳細に測定することに成功したからです。これは、J-PARC の大強度中性子ビームだからこそ得られた成果です。さらにTAKUMI において、試験片の変形試験の「その場中性子回折実験」を連
続して実施できる手法や詳細なデータ解析手法を開発したことで、初めて実現できました。今までの一般的な合金設計では、マクロな視点での機械的特性と合金の構成相の平均的なふるまいに重点が置かれていました。今回、高強度LPSO–Mg 合金で解明した現象は、今までのやり方に加えて、合金中のMg 相内の異なる組織形態の存在に対して組織形態別の応力にも着目すべきことを示唆しています。マグネシウム合金の開発においては、Mg 相の組織形態を制御することで強度と延性を同時に向上させることが可能となり、今後の開発に大きな指針を与えるものと考えられます。

本成果は、2023 年8 月15 日発行の英科学誌『Acta Materialia』に掲載予定です。

【今後の展開】 

 高強度LPSO–Mg 合金で起きている上記の現象は、今までの合金設計に新たな指針を与えると考えられます。今までは、マクロな機械的特性や構成相の平均相応力だけについて注目してきましたが、今回の成果により、それらに加えて特定の構成相内の組織形態の個別応力にも着目すべきことが分かりました。マグネシウム合金においては、マルチモーダル組織を形成する変形組織のMg 相と再結晶組織のMg 相の割合・形態を調整することで、強度と延性をさらに向上させることにつながります。これによって、LPSO 相のような第二相に依存しない単相合金の今後の開発に大きな指針を与えるものと考えられます。


【論文情報】

Stefanus HARJO, Wu GONG, Kazuya AIZAWA, Takuro KAWASAKI, Michiaki YAMASAKI,
“Strengthening of αMg and long-period stacking ordered phases in a Mg-Zn-Y alloy by hotextrusion
with low extrusion ratio”, Acta Materialia, Vol. 255 (2023), 119029.
DOI: 10.1016/j.actamat.2023.119029

【詳細】 プレスリリース(PDF581KB)

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