植物の茎の表皮組織がタガの役割を担うことを証明
【研究の背景】
私たちの全身をおおう皮膚は、季節を感じたり、外からの刺激や細菌などの感染から体を守ってくれる身近な組織です。植物も例外ではなく、植物体全体が表皮という一層からなる組織に包まれており、植物を病原菌やウイルスの侵入、乾燥などから守る役割があると言われています。しかし、動物細胞とは異なり、植物細胞は硬い細胞壁によって相互に連結されており、その成長は相当量の張力を生み出しています。隣接する細胞間や組織間における局所的な成長調節が、器官の整合性の維持には必要不可欠です。1859年にヴィルヘルム・ホフマイスター(Wilhelm Friedrich Benedikt Hofmeister)が「組織張力の理論」を提唱しました。この理論は、植物体の内圧が表皮に張力ストレスを与えることを示唆しました。この提唱は19世紀に活発な議論を引き起こしましたが、その検証には主に植物ホルモン(注1)(Savaldi-Goldstein et al., 2007 Natureのブラシノステロイド(注2); Vaseva et al., 2018 PNASのエチレン(注3))などを介した人工的な操作が用いられてきました。これらの研究の結果は、実際に植物の内部組織が生み出す内圧が外側に位置する表皮に掛かることを間接的に示唆しました。しかし組織張力理論の提唱から160年余り経った今回、私たちは初めて直接的に証明することに成功しました。
今回の実験では、細胞の数、細胞伸長及び組織の力学特性を遺伝的に制御することにより、組織張力理論を支持する強力な証拠を得ることができました。研究に用いたのは、モデル植物・シロイヌナズナのclvavata3 de-etiolated3(以下clv3 det3)二重変異体です。CLAVATA3(CLV3)は、茎頂分裂組織(注4)の未分化な細胞群が増えすぎないように抑制する機能を持つ分泌型ペプチドホルモンです。一方、DE-ETIOLATED3(DET3)は液胞膜に局在するプロトンポンプであるH+-ATPase複合体の一部であり、その欠損により、植物体が著しく矮小化します。先行研究で東京学芸大学のFerjaniらの研究グループは、細胞分裂と細胞伸長の双方に欠損を持つclv3 det3変異体について解析し、その花茎がしばしば亀裂を生じて内部組織を裸出させることを見いだしました。これは、茎の内部組織における細胞増殖は外部に向けて機械的な張力を伴うこと、そしてそれは表皮における適切な細胞伸張によって緩和される必要があることを示唆しています。そしてこのclv3 det3二重変異体のように、こうした制御が破綻した場合は茎の亀裂が生じると考えられました。
【概要説明】
東京学芸大学のFerjani Ali准教授、BioMeca, ENS de LyonのPascale Milani博士並びにGaël Runel氏、立教大学の堀口吾朗教授、ENS de Lyon のOlivier Hamant教授、熊本大学の澤進一郎教授および東京大学の塚谷裕一教授らの研究グループは、茎が器官として一体となった構造を維持する仕組みについて研究しました。そして上述の組織張力の理論から、重要なのは表皮組織であると考え、この問題に取り組んだ結果、丈夫な表皮が茎の内圧を受け止めるタガであることを明確に示すことに成功しました。今回の研究成果は、国際誌DEVELOPMENT誌(オンライン版)に2月26日午後12:00(グリニッジ標準時)付で掲載されました。また掲載号中の注目すべき論文として「Research Highlight」で紹介されているほか、掲載号の表紙を飾りました。
【注釈】
(注1)植物自身が作り出し、低濃度で自身の生理活性・情報伝達を調節する機能を有する物質で、植物に普遍的に存在し、その化学的本体と生理作用とが明らかにされているもの。
(注2)植物ホルモンの一種で、ステロイド骨格をもつ化合物の一群。植物体全身の伸長成長、細胞分裂と増殖、種子の発芽などを促進する。
(注3)植物ホルモンの一種で、一般的には生長を阻害し、花芽形成も抑制する。また、果実の「色づき」「軟化」といった成熟にも関与している。
(注4)茎頂分裂組織の中心には未分化な状態に維持された幹細胞が存在し、この幹細胞の一部が分化することで器官原基が順次形成されていくことから、地上部の組織は全てこの茎頂の幹細胞に由来するということになる。
【論文情報】
・論文名:Stem integrity in Arabidopsis thaliana requires a load-bearing epidermis
「シロイヌナズナの茎の整合性の維持を表皮が担う」
・著者名:Mariko Asaoka, Mao Ooe, Shizuka Gunji, Pascale Milani, Gaël Runel, Gorou Horiguchi, Olivier Hamant, Shinichiro Sawa, Hirokazu Tsukaya, and Ali Ferjani
・雑誌名:国際誌 Development誌 (Development (2021) 148 (4), dev198028. doi:10.1242/dev.198028).
【詳細】
・プレスリリース本文(452KB)
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