腎臓病患者における心血管合併症の新たな機序を解明 ~病的カルシウムリン酸結晶の“量”と“質”が与えるインパクト~
【発表のポイント】
☞慢性腎臓病の重大な合併症である「血管石灰化」(血管にカルシウムなどが沈着して硬くなる病変)において、免疫担当細胞から分泌されるタンパク質「カルプロテクチン(CPT)」が重要な引き金となることを初めて解明しました。
☞CPTは、血中に生じるカルシウムとリンの複合体(カルシウムリン酸結晶:CPP)の成熟を加速させ、カルシウムやリンを豊富に含む「より悪質なCPP」へと変化させることを突き止めました。
☞本成果は、慢性腎臓病患者における心血管合併症の新たな予防法や、CPTを標的とした革新的な治療薬の開発につながるものと期待されます。
【概 要】
熊本大学大学院生命科学研究部腎臓内科学講座(横井秀基教授)の張静璇大学院生、桒原孝成准教授らの研究グループは、CKD・骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD:腎機能の低下に伴い、骨やカルシウム・リンの代謝が乱れる状態)のモデルマウスを用いて、免疫担当細胞(マクロファージや好中球など)から分泌されるタンパク質「カルプロテクチン(CPT)※1」が、血管の石灰化を悪化させる新しいメカニズムを解明しました。
CKD患者では、血管の中膜(血管壁の中間の層)にカルシウムとリンが沈着する「メンケベルク型動脈硬化(中膜石灰化)※2」という特徴的な血管病変が高頻度で生じ、心血管死の主要な原因の一つとなっています。その主な引き金として、血中のカルシウムとリンがタンパク質と結合してできる「カルシウムリン酸結晶(CPP)※3」が知られていますが、CPPの形成がどのようにして加速し、病的な性質を持つに至るのかは分かっていませんでした。
研究グループは、CPTが微小環境(pHやイオン化カルシウム濃度など、CPPを取り巻く周囲の環境)を変化させることで、CPPの成熟を加速させ、カルシウム・リンを多く含む「より悪質なCPP」を作り出すことを初めて明らかにしました【図1】。本成果は、慢性腎臓病患者における心血管疾患の病態解明や、新たな治療戦略の構築に貢献するものと期待されます。
【発表内容の詳細】
慢性腎臓病(CKD)の患者さんでは、腎機能の低下に伴い、骨やミネラルの代謝異常(CKD-MBD)を高い頻度で合併します。特に、血管の中膜にカルシウムとリンが沈着する「血管石灰化」は心血管疾患による死亡リスクを大きく高めますが、その詳しい発症機序には未解明な点が多く残されていました。
研究グループではこれまでに、血中CPT値が、高リン血症(血液中のリン濃度が高い状態)を伴う透析患者の死亡リスクを予測する強力なマーカーであることを世界に先駆けて報告していました(BMC Nephrol, 2020)。この研究成果は、数年後、欧州の大規模コホート研究(多人数を長期間追跡する研究)でも再現性をもって確認され(Sci Transl Med, 2023)、人種や地域を超えた重要な現象であることが示唆されました。しかしながら、「なぜ高リン血症の環境下において、CPTがこれほどまでに予後不良や血管病変と強く関連するのか」については、その理由は不明であり、具体的な分子メカニズムの解明が急務でした。
近年の研究で、血液中でカルシウムとリンが過剰になると、「カルシウムリン酸結晶(CPP)」と呼ばれる微小な複合体が形成され、これが一次CPP(CPP1)から二次CPP(CPP2)へと成熟すると、血管平滑筋細胞※5の石灰化を強く引き起こすことが知られています。本研究では、骨髄由来の細胞(マクロファージや好中球など、免疫細胞のもとになる細胞)に限ってCPTを欠損させたマウスを用いてCKD-MBDモデルを作製し、この謎に迫りました。
その結果、CPTを欠損したCKD-MBDモデルマウスでは、通常のCKD-MBDモデルマウスとCKD-MBDの程度は同等であるにもかかわらず、大動脈の石灰化巣の形成や骨化関連遺伝子の発現が有意に抑制されることが分かりました。さらに、マクロファージから分泌されたCPTは、CPP1からCPP2への成熟スピードを劇的に加速させることが判明しました(CPPが成熟するまでの時間を測る「T50検査」で、その時間が短縮)【図2】。
さらに走査透過電子顕微鏡とエネルギー分散型X線分析(HAADF-STEM-EDX※6)を用いた元素分析により、CPTの存在下で形成されたCPP2は、カルシウムとリンの含有量が多い「病原性の高い質」に変化していることが世界で初めて実証されました【図3】。このCPTによるCPPの質の変化は、細胞を介さない(セル・フリーな)環境でも生じました。このことから、CPTは、既知の受容体TLR4※4を介した経路とは別に、微小環境(pHの低下やイオン化カルシウムの増加など)を介して間接的にCPPの質に影響していることが明らかになりました【図1】。
【社会的意義 と 今後の期待】
心血管合併症は透析を含む腎臓病患者において非常に高い頻度で起こり、社会生活や生命に直結する重要な課題です。
今回の発見は、CPTがCPP結晶の”量”だけでなく”質”にも影響を与えることで、高リン血症を背景としたCKD患者の血管石灰化を進行させるという、長年の謎であった病態メカニズムを解明するものです。将来的に、CPTの働きを抑える薬剤の開発や応用が進めば、透析患者や慢性腎臓病患者の生命予後を脅かす心血管合併症の予防・治療法につながることが大いに期待されます。
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(科研費)(課題番号:22K08357、26K11164〔研究代表者:桒原孝成〕、24K19063〔研究代表者:神吉智子〕)、公益社団法人日本腎臓財団 腎不全病態研究助成(JFKB19-21〔研究代表者:桒原孝成〕)、公益社団法人日本透析医会 公募研究助成(JADP Grant 2019-23〔研究代表者:桒原孝成〕)の支援を受けて実施しました。
【論文情報】
雑誌名: Circulation Research
題 名: Calprotectin Accelerates Pathogenic Calciprotein Particle Maturation to Promote Vascular Calcification in Chronic Kidney Disease
著者名: 張静璇1、神吉智子1、津志田雅之2、駒場大峰3、伊達亮佑1、
藤本大介1、柿添豊1、泉裕一郎1、安達政隆1、向山政志1、横井秀基1、
桒原孝成1*(*責任著者)
1熊本大学大学院生命科学研究部腎臓内科学
2熊本大学研究開発戦略本部技術部門
3東海大学大学院医学研究科腎内分泌代謝内科学
DOI: 10.1161/CIRCRESAHA.126.328252
URL: https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIRCRESAHA.126.328252
【用語解説】
※1 カルプロテクチン(CPT, S100A8/A9): 好中球やマクロファージなどの免疫担当細胞に多く含まれ、炎症時に放出されるタンパク質複合体。さまざまな疾患における炎症や組織障害に関与することが知られている。
※2 メンケベルク型動脈硬化(血管中膜石灰化/MAC): 動脈の中膜にカルシウムやリンが沈着する石灰化病変。一般的なアテローム性動脈硬化(血管の内側にコレステロールなどがたまって起こる動脈硬化)とは異なり、慢性腎臓病や透析患者で特に高頻度に見られ、血管の柔軟性が失われる原因となる。
※3 カルシウムリン酸結晶(CPP): 血液中で過剰になったカルシウムとリンが、血中タンパク質(フェチュイン-Aなど)を取り込んでナノ粒子化したもの。初期の丸い「CPP1(一次CPP)」から、結晶化した「CPP2(二次CPP)」へと成熟するにつれて血管に対する毒性(石灰化誘導能)が増す。
※4 TLR4(Toll様受容体4):細胞の表面に存在し、細菌の成分や体内の炎症性物質をキャッチして細胞内にシグナルを伝える受容体タンパク質。カルプロテクチン(CPT)がこの受容体に結合することで、血管平滑筋細胞などで炎症や骨化を促すシグナルが活性化されることが知られている。
※5 血管平滑筋細胞(VSMC): 血管の壁(中膜)を構成する主要な細胞。CKDの環境下では、カルシウムリン酸結晶などの刺激を受けて骨や軟骨を作る細胞のような性質(骨芽細胞様形質転換)へと変化し、石灰化を引き起こす。
※6 HAADF-STEM-EDX(高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分析):物質の形態や原子配列を観察する電子顕微鏡に、物質から放出されるX線を検知して元素の種類や量を特定する分析装置を組み合わせた先端技術。本研究では、CPP2内部のカルシウムやリンの元素組成を高精度に解析するために用いられた。
【詳細】 プレスリリース(PDF779KB)
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お問い合わせ
(研究に関するお問い合わせ先)
熊本大学大学院生命科学研究部 腎臓内科学講座
准教授 桒原 孝成(くわばら たかしげ)
TEL: 096-373-5164
E-mail: ktakasea@kumamoto-u.ac.jp
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熊本大学総務部総務課広報戦略室
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