体の中の鉄と酸素を“細胞ごと”に見ることができる 新技術を開発―LiON により、病気に関わる鉄・酸素の偏りを生体内で可視化―

(ポイント)

◯生体内の「生理活性鉄」と「酸素」を、単一細胞レベルで可視化できる遺伝子コード型蛍光レポーター(LiON)を新たに開発した。

◯鉄・酸素感受性を持つFBXL5タンパク質のヘムエリスリン様ドメインを利用し、比率型蛍光シグナルとして鉄・酸素動態を観察できる手法を確立した。

◯臓器・細胞間で大きく異なる鉄・酸素状態を可視化することで、代謝制御、酸化ストレス応答、疾患感受性の細胞間多様性を理解するための基盤技術を提示した。

(概要説明)

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 難治疾患研究所の諸石寿朗教授、熊本大学大学院医学教育部の前田英仁博士課程学生(研究当時、現 東京科学大学プロジェクト研究員)らの研究チームは、生体内における鉄と酸素の量を可視化する手法を開発しました。鉄と酸素は生命活動に欠かせない重要な元素ですが、生体内において、それらが細胞ごとにどのように使われているかを調べることは困難でした。

本研究では、細胞内の「生理活性鉄(用語1)」と「酸素」の量を単一細胞レベルで観察できる新しい遺伝子コード型蛍光レポーター(用語2)「Labile Iron and Oxygen NotifierLiON)」を開発しました。LiONは、鉄と酸素の量に応じて安定性が変化する性質を持つタンパク質を利用しており、培養細胞だけでなく、遺伝子改変マウスを用いた生体内での観察も可能です。本研究により、同じ組織内であっても、細胞ごとに鉄や酸素の状態が大きく異なることが明らかになりました。

鉄や酸素の使われ方の違いは、エネルギー代謝や細胞の健康状態、さらには病気のなりやすさと深く関係しています。しかし、これまでの方法では、生体内におけるそれらの状態を細胞単位で観察することはできませんでした。LiONの開発により、鉄や酸素の分布の違いを「見える化」することが可能となり、肝臓病、がん、老化、神経変性疾患など、多くの疾患の理解が進むと期待されます。今後は、さまざまな疾患モデルへの応用や、治療法開発への貢献が見込まれます。

本成果は、熊本大学 疾患モデル分野、形態構築学講座、東京科学大学 制がんストラテジー研究室との共同研究によって得られ、58日(現地時間)付で「Cell Reports Methods」誌にオンライン掲載されました。

  • 背景

 鉄と酸素は、生命活動を支える最も基本的な要素です。鉄は体内にはごく微量しか存在しないにもかかわらず、非常に多くの酵素やタンパク質の働きを支えており、酸素運搬、エネルギー産生、DNA合成などに関与しています[参考文献1]。一方、酸素はエネルギーを生み出すために不可欠であり、細胞の代謝状態や運命を大きく左右します[参考文献2]。

近年、鉄と酸素の細胞内量が、細胞の性質やストレス応答、さらには病気の進行に影響することが明らかになってきました。例えば、鉄に依存した細胞死であるフェロトーシス(用語3)や、低酸素状態に応答する遺伝子制御は、がんや虚血性疾患と深く関係しています[参考文献3]。しかし、生体内において、鉄や酸素がどの細胞にどの程度存在しているのかを直接観察することは、技術的に大きな課題でした。

従来の鉄検出法には、組織染色法、質量分析、MRIなどがありますが、多くは固定標本を用いるため時間的変化を追うことができず、また細胞レベルでの解像度にも限界がありました。蛍光プローブも開発されていますが、体内での長時間観察や組織移行性には制約があります。こうした背景から、生きたままの状態で、鉄と酸素の動態を細胞単位で観察できる新たな技術が求められていました。

 

  • 研究成果

 本研究では、細胞内の生理活性鉄と酸素を同時に検出できる遺伝子コード型蛍光レポーター「LiON」を開発しました。LiONは、鉄と酸素の存在量に応じて安定性が変化するFBXL5タンパク質(用語4)のヘムエリスリン様ドメイン(Hr)を利用しています。Hrと融合させた赤色蛍光タンパク質は、鉄および酸素量に応じて安定化、あるいは分解される一方、緑色蛍光タンパク質は常に一定量が発現する内部標準として機能します。これら2種類の蛍光タンパク質の比率変化を指標とすることで、細胞内環境を定量的に読み取ることが可能です。

まず、培養細胞を用いた実験により、鉄過剰条件ではLiONのシグナルが増加し、鉄キレート剤処理や低酸素条件ではシグナルが減少することを確認しました。この変化は、細胞にとって生理的に意味のある範囲で生じており、時間経過に伴う変化も追跡可能でした。また、鉄代謝に関わる因子を遺伝子改変により欠失させると、LiONのシグナルが予測どおりに変化したことから、LiONが生理活性鉄を反映していることが示されました。

次に、LiONを全身で発現するノックインマウスを作製し、生体内での観察を行いました。その結果、臓器ごと、細胞種ごと、さらには同じ細胞種の中でも、鉄と酸素の状態が大きく異なることが明らかになりました。特に肝臓では、門脈側から中心静脈側にかけてLiONシグナルの勾配が存在し、肝細胞の機能的な違い(肝臓ゾーン、用語5)と対応していることが分かりました。

さらに、肝臓特異的な鉄過剰モデルを解析したところ、鉄が多い領域の細胞では酸化ストレス応答が強く活性化しており、鉄分布の違いが細胞の脆弱性に影響することが示唆されました。これらの結果から、LiONは生体内における鉄と酸素の多様性を明らかにする強力な解析ツールであることが示されました。

 

  • 社会的インパクト

 本研究の最大の意義は、これまで「見えなかった」鉄と酸素の体内分布を、単一細胞レベルで可視化できる点にあります。鉄や酸素は多くの疾患と深く関係していますが、その影響は一様ではなく、どの細胞にどの程度存在するかによって大きく異なります。LiONは、そうした違いを直接観察できる初めての技術の一つです。

例えば、がんでは腫瘍内部における酸素や鉄の分布が、治療効果や悪性度に影響すると考えられています。また、肝臓病や神経変性疾患、老化においても、鉄の蓄積や酸化ストレスが重要な役割を果たします[参考文献4]。LiONを用いることで、病気が「どこから始まり、どのように進行していくのか」を理解するための手がかりが得られます。

このような知見は、将来的に病気の早期診断や、より効果的で副作用の少ない治療法の開発につながる可能性があります。「体の中で鉄と酸素がどのように使われているかが、細胞ごとに異なる」という視点は、生命の仕組みや病気の成り立ちを理解する上で、重要な切り口になると考えられます。

 

  • 今後の展開

 今後は、LiONを用いて、鉄および酸素の細胞内動態が生理機能や疾患の発症・進行にどのように関与しているのかを、より詳細に解析していく予定です。特に、同一組織内で観察される鉄と酸素の不均一な分布が、細胞の代謝状態やストレス耐性、細胞死に対する感受性にどのような影響を及ぼすのかに注目し、細胞レベルの多様性が組織機能や病態形成へとどのようにつながるのかを明らかにしていきます。

疾患研究への応用としては、フェロトーシスや低酸素応答が関与するとされる、がん、虚血再灌流障害、肝疾患、神経変性疾患などが対象となり得ます。これらの疾患では、鉄および酸素の恒常性の破綻が病態の悪化に寄与すると考えられていますが、どの細胞が、どの段階で異常を示すのかについては、十分に理解されていません。LiONを用いることで、病態の初期段階から進行過程に至るまでの細胞内環境の変化を時系列で捉えることが可能となり、疾患発症メカニズムの解明や新たな治療標的の探索につながることが期待されます。

また、LiONは遺伝子コード型レポーターであるため、Cre-loxPシステムなどの遺伝学的手法と組み合わせることで、特定の細胞種や発生段階に限定した解析が可能です。これにより、同一組織内に存在する異なる細胞集団が、鉄と酸素をどのように利用しているのかを比較解析することができます。さらに、他の蛍光センサーと併用することで、鉄・酸素動態と代謝、シグナル伝達、酸化ストレス応答との関係を、統合的に理解する研究へと発展させることも可能です。

技術面では、LiONそのものの改良も今後の重要な課題です。ヘムエリスリン様ドメインの構造や機能に基づく改変を通じて、鉄または酸素に対する応答特性を、より明確に分離した次世代レポーターの開発が期待されます。また、蛍光特性や発現制御の最適化により、深部組織や長時間観察への適用性を高めることで、より幅広い生体イメージング研究への応用を目指します。

さらに、LiONをヒトiPS細胞由来オルガノイドや三次元培養系と組み合わせることで、ヒト疾患モデルにおける鉄・酸素動態の解析や、創薬研究への展開も視野に入れています。LiONは、基礎研究から応用研究までを橋渡しする基盤技術として、生命現象の理解を深化させるとともに、医療・創薬分野の発展に貢献することが期待されます。

  • 付記

 本研究成果は日本学術振興会(23K1809824H0086424H00865)、日本医療研究開発機構(JP24bm1123044)、科学技術振興機構(JPMJFR226JJPMJCR23B7JPMJSP2127)、加藤記念バイオサイエンス振興財団の支援を受けて実施したものです。

 

【参考文献】

  1. Galy, B., Conrad, M., and Muckenthaler, M. (2024). Mechanisms controlling cellular and systemic iron homeostasis. Nat Rev Mol Cell Biol 25, 133-155. 10.1038/s41580-023-00648-1.
  2. Folmes, C.D., Dzeja, P.P., Nelson, T.J., and Terzic, A. (2012). Metabolic plasticity in stem cell homeostasis and differentiation. Cell Stem Cell 11, 596-606. 10.1016/j.stem.2012.10.002.
  3. Jiang, X., Stockwell, B.R., and Conrad, M. (2021). Ferroptosis: mechanisms, biology and role in disease. Nat Rev Mol Cell Biol 22, 266-282. 10.1038/s41580-020-00324-8.
  4. Ru, Q., Li, Y., Chen, L., Wu, Y., Min, J., and Wang, F. (2024). Iron homeostasis and ferroptosis in human diseases: mechanisms and therapeutic prospects. Signal Transduct Target Ther 9, 271. 10.1038/s41392-024-01969-z.

 

【用語説明】

  1. 生理活性鉄:細胞内で酵素反応などに利用可能な鉄。
  2. 遺伝子コード型蛍光レポーター:細胞に遺伝子として導入し、発現したタンパク質の蛍光強度によって細胞内状態を可視化する分子。
  3. フェロトーシス:鉄依存的な脂質過酸化によって引き起こされる調節性細胞死。
  4. FBXL5タンパク質:細胞内の鉄や酸素状態を感知し、鉄恒常性を制御するタンパク質。
  5. 肝臓ゾーン:肝臓内の位置に応じて肝細胞の機能が異なる、肝臓特有の機能的な層構造のこと。

 

【論文情報】

掲載誌:Cell Reports Methods

論文タイトル:In vivo visualization of bioactive iron and oxygen using LiON, the labile iron and oxygen notifier

著者:Ayato Maeda, Akihiro Nita, Shoko Sashiyama, Suzu Yoshitomo, Komen Joan Jepkosgei, Yuqing Xu, Yuichiro Arima, Keiichi I. Nakayama, Kimi Araki, and Toshiro Moroishi

DOI:10.1016/j.crmeth.2026.101431

 

【研究者プロフィール】

諸石 寿朗(モロイシ トシロウ) Toshiro Moroishi

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 細胞動態学分野 教授

研究分野:分子生物学、細胞生物学

 

前田 英仁(マエダ アヤト)Ayato Maeda

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 細胞動態学分野 プロジェクト研究員

研究分野:分子生物学、細胞生物学

 

【詳細】 プレスリリース(PDF1,683KB)

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