遺伝性の神経難病「脊髄小脳失調症」に対する新たな治療薬候補の発見

【ポイント】

  • 哺乳類の生体内では合成されないD体アミノ酸*1であるD-システインが脊髄小脳失調症の治療薬候補となることを発見しました。
  • 3種類の脊髄小脳失調症モデル細胞を用いた実験により、初代培養*2小脳プルキンエ細胞*3の形態異常がD-システインの処置で抑制されることを明らかにしました。
  • 脊髄小脳失調症1型のマウスモデルを用いた実験により、進行性の運動障害、小脳組織の異常がD-システインの慢性投与で抑制されることを明らかにしました。
  • D-システインが様々な原因遺伝子で発症する脊髄小脳失調症の共通の治療薬・予防薬として活用されることが期待されます。

【概要説明】

 熊本大学大学院生命科学研究部の関貴弘准教授、香月博志教授らの研究グループは、群馬大学大学院医学系研究科の今野歩講師、平井宏和教授との共同研究により、D-システインを投与することで、遺伝性の神経難病である脊髄小脳失調症(Spinocerebellar ataxia、SCA)の細胞モデル及びマウスモデルにおいて病態改善効果を示すことを発見しました。

 SCAは様々な遺伝子変異により発症する神経変性疾患であり、小脳萎縮とそれに伴う小脳性運動失調を主な症状とします。原因遺伝子の違いによりSCA1からSCA48まで分類され、原因遺伝子由来のタンパク質の機能が多種多様であり、共通の発症機序は解明されていません。本研究により、D-システインが複数のSCA原因タンパク質を発現するモデル細胞で共通の治療効果を示したため、SCA共通の治療薬・予防薬となることが期待されます。なお、本研究は文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。本研究結果は、令和3年6月19日に学術雑誌Experimental Neurologyのオンライン版に公開されました。

【用語解説】

*1:D体アミノ酸
グリシンを除くアミノ酸は右手と左手の関係のように鏡に映すと同一になる構造の異性体(鏡像異性体)が存在し、それぞれをL体及びD体と呼びます。タンパク質合成に使われるアミノ酸はほとんどがL体ですが、D-セリンなど一部D体のアミノ酸も生体内に存在し、L体とは異なる生理活性を持つことが知られています。

 *2:初代培養
生体から採取した組織や細胞をバラバラに分散して培養する実験手法のことです。生体から採取されて時間が経過していないため、その生体と同様な挙動を示すことが期待されます。神経細胞の形態や機能をある程度保った状態で培養できるため、神経研究で頻用されます。

*3:小脳プルキンエ細胞
小脳の中の小脳皮質という部分に存在する神経細胞です。この小脳皮質から情報を出力する唯一の細胞であるため、小脳機能に非常に重要です。SCA患者では小脳プルキンエ細胞の脱落が観察されるため、SCAの病態において重要であると考えられています。

 【論文情報】

論文名:Therapeutic potential of D-cysteine against in vitro and in vivo models of spinocerebellar ataxia
(和訳)脊髄小脳失調症の生体外及び生体モデルに対するD-システインの治療有効性
著者:Tomoko Ohta, Yuri Morikawa, Masahiro Sato, Ayumu Konno, Hirokazu Hirai, Yuki Kurauchi, Akinori Hisatsune, Hiroshi Katsuki and Takahiro Seki
掲載誌:Experimental Neurology 343: 113791 (2021)
doi:https://doi.org/10.1016/j.expneurol.2021.113791
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0014488621001990

 【詳細】 プレスリリース(PDF500KB)

お問い合わせ

熊本大学大学院生命科学研究部(薬)
担当:准教授 関 貴弘
電話:096-371-4182
E-mail:takaseki※kumamoto-u.ac.jp

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