悪性脳腫瘍「膠芽腫」の再発・治療抵抗性メカニズムを解明-正常細胞を利用するしたたかな戦略-
・悪性脳腫瘍の膠芽腫(こうがしゅ)は腫瘍摘出術後に放射線・化学治療を追加しても平均生存期間は1年余りであり、未だ満足な治療効果は得られていません。
・モニター画像上で確認できる腫瘍部分を全摘出できても、多くの場合は摘出部の周囲から再発してきます。熊本大学大学院生命科学研究部の秀拓一郎助教(研究当時)らがこの腫瘍と正常脳の境界部分を詳細に検討した結果、境界部分ではオリゴデンドロサイトやマクロファージ、マイクログリアなどの細胞が集まっていることが分かりました。
・これらの細胞はいずれも正常細胞ですが、これらの細胞が分泌する因子により膠芽腫細胞が未分化性を獲得し、放射線・化学治療抵抗性を獲得することが分かりました。
・膠芽腫と正常細胞が形成する境界領域は、膠芽腫の克服に向けた新たな治療標的となることが期待されます。
・本研究の成果は、EBioMedicineに平成30年3月1日(米国時間)公開されました。「EBioMedicine」は「Cell」と「The Lancet」が共同編集する新規オープンアクセスジャーナルです。
*本研究は、文部科学省科学研究費補助金「新学術領域研究(研究領域提案型)」の支援を受けました。
【タイトル】
Oligodendrocyte Progenitor Cells and Macrophages/Microglia Produce Glioma Stem Cell Niches at the Tumor Border
【著者】
Takuichiro Hide
1
, Yoshihiro Komohara
2
, Yuko Miyasato
2, Hideo Nakamura1, Ke
ishi Makino
1
, Motohiro Takeya
2
, Jun-ichi Kuratsu
1
, Akitake Mukasa
1
,
Shigetoshi Yano
1
1
熊本大学大学院生命科学研究部 脳神経外科分野
2
熊本大学大学院生命科学研究部 細胞病理学分野
【掲載雑誌】
EBioMedicne (in press)
【DOI】
https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2018.02.024
背景
膠芽腫は脳の内部にできる悪性脳腫瘍で、可能な限り腫瘍部分を取り除き、術後に放射線・化学治療を追加しても、平均生存期間は約1年であり、未だ治療困難な腫瘍の一つです。治療が困難な原因としては脳には大切な機能があり、正常部分を含めて広く摘出することはできないこと、膠芽腫は増殖能が高く浸潤性(がん細胞が脳内に広く広がる)の性格をもち、脳には血液脳関門という特殊なバリアがあるため、抗がん剤などが脳内には届きにくいことがあげられます。
最近のCT、MRIなどの診断機器だけでなく手術用顕微鏡や手術用ナビゲーションシステムの発達により、膠芽腫の手術は進歩してきました。しかし、モニター画像上全摘出できた症例でも、多くの場合は摘出部周囲の脳から再発をきたしてきます。ということは、治療抵抗性の膠芽腫細胞がこの部位に残存していると考えられます。つまり、摘出部周囲からの再発を抑えることができたら予後の改善が期待できます。
これまで膠芽腫細胞を標的とした研究は行われてきましたが、再発が多い境界部分(腫瘍細胞と正常細胞が作る微小環境)についての研究はほとんどありませんでした。そこで、なぜ境界部で膠芽腫細胞は生存し再発をきたすのか?という疑問に答え、新規治療法の開発のために、境界部分に注目した研究を開始しました。
研究内容
膠芽腫の摘出組織から「腫瘍部分」、「境界部分」、「摘出組織の中で腫瘍細胞が少ない部分」の3か所の組織から取り出したRNAを使って、生体機能を調節するマイクロRNA(miRNA)のはたらき(発現)の状態を調べました。解析したところ、境界部分では中枢神経内の細胞「オリゴデンドロサイト」の分化に関するmiRNAの発現が特徴的に上昇していました。その分子の中には白血球であるマクロファージの生存にもかかわるものも含まれていました。
実際の腫瘍の病理組織で検討した結果でも、境界部分ではオリゴデンドロサイトや将来オリゴデンドロサイトになる細胞(前駆細胞)が集まっていることが分かりました。また、マクロファージは腫瘍内部から境界部にかけ集まってきており、それらの細胞は近接して存在していました。
オリゴデンドロサイト前駆細胞とマクロファージの培養液の上清を膠芽腫細胞の培養液に加えると、未分化細胞が発現するマーカー(目印となる物質)の発現量が増加しました。さらに、これらの培養液の上清を加えて培養した膠芽腫細胞は抗がん剤に対する治療抵抗性を獲得していました。さらに放射線抵抗性に関係するマーカーの発現量も上昇していました。
そこで、どのような分泌因子が関与するか検討した結果、オリゴデンドロサイト前駆細胞が分泌するFGF1とEGF、マクロファージが分泌するHB-EGFとIL-1βという分子によって未分化性が誘導されることがわかりました。
これらの結果は、膠芽腫細胞は周囲に集まってきたオリゴデンドロサイトやマクロファージを利用し未分化性や治療抵抗性を獲得することを示しています。また、治療抵抗性の原因となる微小環境を「ボーダーニッチ(border niche)」、腫瘍周囲に集まったオリゴデンドロサイトをGAO(glioma associated oligodendrocyte)と命名し報告しました。本研究から、膠芽腫の克服のためには正常細胞を含めた微小環境が新たな治療標的となることが示唆されました。
今後の展開
膠芽腫細胞の治療は一筋縄ではいきません。これまでの放射線・化学治療だけでなく光線力学療法など新たな治療法も生まれてきています。膠芽腫の克服に向けては単一の治療法ではなく、いくつかの治療法のコンビネーションが必要と思われます。
膠芽腫細胞だけでなく周囲に集まってくる正常細胞を含めた微小環境が新たな治療標的となり、治療抵抗性の膠芽腫細胞を治療に反応するように誘導することが可能になるかもしれません。
新規治療法の開発に向けた展開が期待されます。
【詳細】
プレスリリース本文
(PDF 785KB)
熊本大学大学院 生命科学研究部 脳神経外科
(2月から北里大学医学部脳神経外科に異動)
担当:秀 拓一郎
電話:042-778-9337
e-mail:thide※med.kitasato-u.ac.jp
(メール送信の際は※を@に置き換えてください)