GAPPSにおける胃癌発生に関わる遺伝子変異の解明
(ポイント)
- GAPPSは、遺伝的に胃ポリープが多発し、胃癌リスクの高い疾患である遺伝性胃ポリポーシス症候群の一つで、特異的な臨床像を呈する。
- GAPPSにおいて原因遺伝子であるAPCの体細胞変異がポリープおよび癌に認められ、KRAS変異は癌に特異的に生じることを発見した。GAPPSの発癌は一般的な胃癌とは異なる発癌メカニズムを有している可能性がある。
- 本研究の成果により、KRAS変異がGAPPS発癌の有望なバイオマーカーとなる可能性が示された。
(概要説明)
熊本大学大学院生命科学研究部消化器外科学 岩槻政晃教授、松本千尋医員、九州大学別府病院外科 三森功士教授、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターゲノム医科学分野 柴田龍弘教授、新井田厚司講師、高橋数冴助教らの研究グループは、Gastric adenocarcinoma and proximal polyposis of the stomach(GAPPS)と呼ばれる遺伝性胃癌について、RNAシークエンス*1および全エクソームシークエンス(WES)*2を用い、GAPPSの発癌に関与する遺伝子変異を明らかにしました。
GAPPSの原因遺伝子として、APCのプロモーター*3領域の生殖細胞変異*4は既に報告されていましたが、ポリープから癌へと進展する過程でどのような遺伝子変異がどのように蓄積していくのかは、これまで明らかではありませんでした。
今回の共同研究により、GAPPSのポリープには癌抑制遺伝子APCの体細胞変異*5が認められ、さらに癌ではAPC変異に加えて癌遺伝子KRASの体細胞変異が蓄積していることを世界で初めて明らかにしました。これらの知見は、基礎的には胃癌の発症機序の理解を深める上で有用であり、臨床的には常に発癌リスクを抱えるGAPPS家系において、癌の早期発見および治療介入の実現につながる可能性が期待されます。
本研究成果は2025年10月28日に科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」に掲載されました。
本研究は、科学研究費助成事業、日本胃癌学会、および高松宮妃癌研究基金の支援を受けて実施されたものです。
(説明)
[背景]
Gastric adenocarcinoma and proximal polyposis of the stomach(GAPPS)は、胃体部から胃底部に限局して多数の胃底腺ポリープ(Fundic gland polyps:FGP)を形成し、そこから発癌を来す遺伝性腫瘍症候群です。2012年に初めて報告されて以降、欧米および日本からの報告が増加しています。2016年には、APCプロモーター1B領域の点変異が原因遺伝子変異として同定されましたが、正常胃粘膜からポリープ、さらには癌への進展における遺伝子変異の獲得や経路活性化の詳細は未解明であり、その発癌メカニズムは不明でした。熊本大学消化器外科では2015年に1例目を経験し、これまでに6家系11例の治療経験を有しています(図1)。これらの貴重な臨床サンプルをすべて保存し、網羅的な遺伝子解析を行いました。
[研究の内容]
本研究は、GAPPSにおける腫瘍進展過程に関わる遺伝子変異と発現変化を明らかにすることを目的として実施しました。熊本大学病院で診断されたGAPPS患者7例(3家系)から、正常胃粘膜・ポリープ・癌の計54検体を取得し、全エクソームシークエンス(WES)およびRNAシークエンスを行い、GAPPSの発癌に関与する遺伝子変異および発現の変化を解析しました。
[成果]
WESによる変異解析の結果、ポリープの53.8%、癌の78.6%にAPCの体細胞変異が認められました(図2)。さらに、癌には特異的にKRAS変異が起きていることが明らかとなりました。これらのAPCおよびKRASの変異は、症例間のみならず同一症例内の異なる癌にも認められ、GAPPSの発癌に関与している可能性が示唆されました(図3)。また、RNAによる発現解析の結果、KRAS関連シグナルの有意な活性化が癌において特異的に認められ、一般的な胃癌との比較でも、KRAS関連経路がGAPPSの癌に特異的な活性経路であることが確認されました(図4)。
[展開]
本研究は、疾患概念が普及し、症例が増えているGAPPSの発癌過程におけるAPCおよびKRASの共変異の意義を明らかにし、KRAS変異が有望なバイオマーカーとなる可能性を示しました。この成果は、ctDNA*6を用いた早期診断や、治療方針への応用が期待されます。
[用語解説]
*1 RNAシークエンス:細胞内のRNAの配列と量を網羅的に解析する手法。
*2 全エクソームシークエンス(WES):ヒト全ゲノムの中で、タンパク質をコードする領域(エクソン)だけを対象にDNAを解析する方法。
*3 体細胞変異:細胞で後天的に生じる遺伝子変異。
*4 プロモーター:転写を開始させるタンパク質が結合するDNA領域であり、遺伝子発現の調節を行う。
*5 生殖細胞変異:精子や卵子などの生殖細胞に生じた遺伝子の変異。この変異は親から子へ遺伝し、家族性・遺伝性の疾患の原因となる。
*6 ctDNA:血液中に存在する腫瘍由来のDNA断片で、これらを解析することで癌の早期発見や再発、転移のモニタリングを行うことができる。
【論文情報】
論文名:Genomic and transcriptomic landscape of carcinogenesis in patients with gastric adenocarcinoma and proximal polyposis of the stomach (GAPPS)
著者:Chihiro Matsumoto, Kazuki K Takahashi, Masaaki Iwatsuki, Noriko Yasuda-Yoshihara, Atsushi Niida, Kohei Yamashita, Takeshi Morinaga, Kojiro Eto, Shiro Iwagami, Satoshi Ida, Hiromu Yano, Yoshihiro Komohara, Yuji Miyamoto, Takaaki Masuda, Yasuhito Tanaka, Koshi Mimori, Hideo Baba
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences
doi:10.1073/pnas.2427133122
URL:https://doi.org/10.1073/pnas.2427133122
【詳細】 プレスリリース(PDF451KB)
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お問い合わせ
熊本大学大学院生命科学研究部
消化器外科学
担当:教授 岩槻政晃
電話:096-373-5212
e-mail:maiwa217@kumamoto-u.ac.jp