生活習慣病を誘導するプロスタグランジン経路の発見ー抗メタボ薬の候補としてアスピリンやEP4拮抗薬の新たな効能に期待ー

【ポイント】

  • プロスタグランジン(PG)E2*1は、発熱や痛みを起こす生理活性脂質であり、アスピリン*2はPGE2産生を抑制することで解熱鎮痛作用を発揮します。
  • PGE2の受容体の一つであるEP4は、食後にインスリンの刺激を受けて脂肪組織で活性化されることを見いだしました。
  • EP4は、脂肪分解*3と線維化*4を促して肝臓への脂肪蓄積*5やインスリン抵抗性*6を高めることで、生活習慣病*7を招くことを発見しました(マウスでの成績)。
  • EP4はヒトでも同様に働く可能性が高く、アスピリンやEP4拮抗薬でEP4の働きを弱めれば、生活習慣病の予防・治療に繋がることが期待されます。

【概要説明】

 熊本大学大学院生命科学研究部 杉本幸彦教授、稲住知明助教らの研究グループは、東京大学大学院医学系研究科 村上誠教授、熊本大学大学院生命科学研究部 猿渡淳二教授、尾池雄一教授、佐々木裕名誉教授、日本赤十字社熊本健康管理センター 緒方康博名誉所長らとの共同研究により、脂肪組織で産生される生理活性脂質プロスタグランジン(PG)E2が、その受容体EP4を介して脂肪分解と線維化を促進し、肝臓への異所性脂肪の蓄積を引き起こして糖尿病などの生活習慣病の発症を促すことを世界で初めて明らかにし、本経路がヒトでも同様に働く可能性を示しました。本成果に基づき、アスピリンやEP4拮抗薬は、脂肪組織でのEP4の働きを弱め、生活習慣病の予防・治療に効果を発揮することが期待されます。

なお、本件研究成果をまとめた論文は、米国科学誌「Cell Reports」に令和2年10月13日(火)午前11時(米国東部標準時)付で掲載されました(日本時間1014日(水)午前0時)。

[展開]

 アスピリンやEP4拮抗薬は、脂肪組織でのEP4の働きを弱め、生活習慣病の予防・治療に効果を発揮することが期待されます。さらに今回同定したヒトEP4遺伝子の一塩基多型は、EP4が関与する疾患の予防や治療法の選択に有益なバイオマーカーとしての応用が期待されます。

 

【用語解説】

*1 プロスタグランジンE2(Prostaglandin E2:PGE2)

PGE2は最も代表的な生理活性脂質であり、発熱や痛覚過敏、炎症惹起など多彩な生理作用を発揮する。細胞が種々の刺激を受けるとホスホリパーゼA2(PLA2)により細胞膜リン脂質から脂肪酸の一種アラキドン酸が切り出される。アラキドン酸はシクロオキシゲナーゼ(COX)によりPG前駆体(PGH2)へと変換され、さらに、PGE合成酵素によりPGE2へ変換される(図3)。PGE2の作用は、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)である4種類の受容体(EP1EP4)を介して発揮されるが、EP4は細胞内cAMP産生亢進を介して種々の細胞応答を引き起こす。本研究では、脂肪細胞においては、ATGL/HSLリパーゼによる脂肪分解で遊離したアラキドン酸から、COX-1及びPGE合成酵素により、PGE2が産生されることを発見した。

 

*2 アスピリン(Aspirin)

アスピリンは、最も代表的な非ステロイド性抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs: NSAIDs)であり、PG産生の律速酵素であるCOX(COX-1/2)を不可逆的に阻害し、PGの生合成を阻害することで解熱鎮痛抗炎症作用を発揮する。NSAIDsとしては他にインドメタシンやイブプロフェン、ジクロフェナクなど多くの薬物が存在し、セレコキシブなどCOX-2選択的な阻害薬も存在する。

*3 脂肪分解(Lipolysis)

脂肪組織は、過剰なエネルギーを脂肪として貯蔵する組織であり、脂肪酸とグリセロールを基質とした脂肪の合成反応とリパーゼによる脂肪の分解反応を行い、両反応のバランスで脂肪蓄積量が決定される。脂肪分解は、グリセロールの水酸基にエステル結合した三つの脂肪酸(アシル基)が一つずつ外されていく反応であり、第一、第二の脂肪酸遊離を担うリパーゼ、ATGLHSLを律速酵素として反応が進む。

 

*4 線維化(Fibrosis)

臓器が何らかの原因で機能不全に陥ると、その機能回復のための適応機構の一つとして、線維芽細胞が細胞外マトリクスであるコラーゲン線維を産生・分泌することが知られる。こうしたコラーゲン線維の集積で組織が堅くなることを線維化と呼ぶ。

 

*5 肝臓への(異所性)脂肪蓄積

*6 インスリン抵抗性(Insulin resistance)

脂肪は本来、脂肪組織中の脂肪細胞に蓄積されるが、脂肪組織の線維化や他の理由で脂肪分解が進むと、遊離脂肪酸が血液を介して各組織に運搬され、本来存在するべきでない肝臓や他の内臓に異所性に蓄積し、脂肪毒性を発揮して臓器間ネットワーク機構に障害をもたらす。その代表例がインスリン抵抗性であり、筋肉や肝臓のインスリン応答性が低下して血糖をうまく取込むことができなくなるため、糖尿病の発症に繋がる。

 

*7 生活習慣病(Lifestyle diseases)

糖尿病、脂質異常症、高血圧など、生活習慣が発症原因に関与していると考えられる疾患の総称であり、かつては成人病と呼ばれた。これら疾患と肥満が複合している場合にはメタボリックシンドロームと総称される。広義では脳血管疾患や心臓病なども生活習慣との関わりが深いため、生活習慣病に含まれて用いられることも多い。

【論文情報】

論文名:“Prostaglandin E2-EP4 axis promotes lipolysis and fibrosis in adipose tissue leading to ectopic fat deposition and insulin resistance”
著者:Tomoaki Inazumi, Kiyotaka Yamada, Naritoshi Shirata, Hiroyasu Sato, Yoshitaka Taketomi, Kazunori Morita, Hirofumi Hohjoh, Soken Tsuchiya, Kentaro Oniki, Takehisa Watanabe, Yutaka Sasaki, Yuichi Oike, Yasuhiro Ogata, Junji Saruwatari, Makoto Murakami, Yukihiko Sugimoto
掲載誌:Cell Reports
DOI:10.1016/j.celrep.2020.108265

URL:https://www.cell.com/cell-reports/home

【詳細】

プレスリリース(PDF909KB)

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