血液悪性腫瘍の原因遺伝子DDX41の変異が造血障害を引き起こす機序を解明
【ポイント】
- 血液悪性腫瘍の原因遺伝子のひとつであるDDX41遺伝子の変異*1が造血障害を起こす機序を明らかにしました。
- DDX41がRNAスプライシング*2に関与し、またRNAスプライシングと転写伸長*3とを連携させる役割を担うことを発見しました。
- DDX41遺伝子変異を伴う血液悪性腫瘍に最適な治療法の開発に寄与することが期待されます。
【概要説明】
悪性腫瘍(がん)は、私たちの細胞の中に存在する遺伝暗号が異常な配列に置き換わり、かつ、それが蓄積することによって発症する病気です。10年ほど前から、次世代シークエンサーと呼ばれる、遺伝子配列を大量に読み取ることのできる装置が広く使われるようになり、悪性腫瘍に関係する遺伝子配列異常の解析が飛躍的に進みました。
急性骨髄性白血病(AML)や骨髄異形成症候群(MDS)と呼ばれる血液悪性腫瘍においても、すでに、これらの病気の発症に関わる遺伝子配列異常の大半が判明しています。一方で、血液細胞にそうした遺伝子配列異常が起きた際、細胞の中でどのような変化が生じ、最終的にAMLやMDSの発症に至るのかという機序については、まだ多くが明らかにされていません。
こうしたなか、熊本大学大学院生命科学研究部の松井啓隆(まつい ひろたか)教授らの研究グループは、AML・MDSの原因遺伝子のひとつとして知られるDDX41遺伝子に注目し、この遺伝子の異常が細胞にもたらす障害の詳細を解析してきました。その結果、遺伝子異常に伴って細胞内のDDX41タンパク質が減少するために、RNAスプライシングと転写伸長という、本来協調的に行われるべきふたつの重要な生命現象の連携が損なわれ、DNA複製障害*4を介して血液細胞の産生障害を起こすことを明らかにしました。
最近、DDX41遺伝子変異はAML・MDSの約5%に検出されることが明らかにされ、遺伝的な血液悪性腫瘍の原因遺伝子のひとつであることも判明しています。本研究成果は、本遺伝子異常を有するAML・MDSの治療戦略の確立に貢献することが期待できます。
本研究成果は、科学雑誌「Leukemia」に、令和4年10月14日にオンライン掲載されました。本研究は、広島大学原爆放射線医科学研究所の稲葉俊哉教授、国立がん研究センター鶴岡連携拠点の横山明彦チームリーダーをはじめとする多くの研究者らとの共同研究として行われたもので、文部科学省科学研究費補助金の支援および民間財団からの研究助成を受けて実施したものです。
【用語解説】
*1. 遺伝子の変異:DNAは4種類のデオキシヌクレオチドという物質で構成され、約30億文字に相当する遺伝暗号として細胞のなかに納められています。DNAが何らかの損傷を受けた場合には、それを修復する作業が行われますが、修復が正しく行われなかった場合には、本来の遺伝暗号と異なる配列に置き換わることがあります。DNAのうち、主にタンパク質を作らせるための設計図に相当する部分のことを遺伝子と呼び、遺伝子領域の配列が本来と別のものに変わることを、遺伝子変異といいます。遺伝子変異が起こると、本来それをもとに作られるべきタンパク質が作られなくなったり、異常なタンパク質が合成されるようになったりします。
*2. RNAスプライシング:細胞内でタンパク質が合成される際、まず転写によってDNAからRNA(メッセンジャーRNA)が合成され、続いて翻訳によってRNAからタンパク質が合成されます。DNAから転写されたRNAにはエクソンと呼ばれる部分とイントロンと呼ばれる部分が存在しますが、このうちタンパク質に翻訳されないイントロンは、転写後にRNAから取りはずされます。このイントロンが取り外される現象をRNAスプライシングといい、RNAスプライシングを含む複数の過程を経てメッセンジャーRNAが作られ、翻訳に用いられます。
*3. 転写伸長:DNAからRNAが合成される転写では、遺伝子の始まりの部分(転写開始点)から終わりの部分(転写終結点)に向かって、RNAポリメラーゼIIという酵素が移動しながら、DNAの配列を読み取りRNAを合成していきます。この現象を転写伸長といいます(図3もご参照ください)。
*4. DNA複製障害:ひとつの細胞が分裂してふたつに増える際、まず核の中に存在するDNAが複製され、もとの倍の量になります。複製されたDNAは、細胞が分裂する際に、ふたつの細胞に均等に分配されます。DNAを複製する際には、DNA二重らせん構造がいったん解きほぐされそれぞれのDNA鎖が複製されますが、DNAが途中で切れていたり、一部が欠けていたりするときには、損傷したDNAを修復しなくてはならないため、複製に遅れが生じます。
【論文情報】
論文名:DDX41 coordinates RNA splicing and transcriptional elongation to prevent DNA replication stress in hematopoietic cells
著者名:Satoru Shinriki†#, Mayumi Hirayama†, Akiko Nagamachi, Akihiko Yokoyama, Takeshi Kawamura, Akinori Kanai, Hidehiko Kawai, Junichi Iwakiri, Rin Liu, Manabu Maeshiro, Saruul Tungalag, Masayoshi Tasaki, Mitsuharu Ueda, Kazuhito Tomizawa, Naoyuki Kataoka, Takashi Ideue, Yutaka Suzuki, Kiyoshi Asai, Tokio Tani, Toshiya Inaba, and Hirotaka Matsui# (†:co-first authors, #: corresponding authors)
掲載誌:Leukemia
doi:10.1038/s41375-022-01708-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41375-022-01708-9
【詳細】 プレスリリース(PDF605KB)
お問い合わせ
熊本大学大学院生命科学研究部 臨床病態解析学講座
担当:教授 松井啓隆
電話:096-373-5283
E-mail:hmatsui※kumamoto-u.ac.jp
(※を@に置き換えてください)