我が国に感染者が多い【がんウイルス HTLV-1】の新たな発がん機構・治療標的を発見

【ポイント】

  • ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)※1が持つウイルス遺伝子「HTLV-1 bZIP factor(HBZ)」※2が、がん細胞において重要な「がん代謝」※3及び「エピゲノム異常」※4を促進することが明らかとなりました。
  • これらの発がん機構は、HTLV-1が引き起こす血液のがん「成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)」※5のみならず、膵臓がんやその他の白血病でも共有されていることが判明しました。
  • 今回発見した「がん代謝」を阻害する薬剤により、ATLの細胞増殖が抑制されました。新薬開発における有望な治療戦略として期待されます。

【概要説明】

 熊本大学大学院生命科学研究部 血液・膠原病・感染症内科学講座の豊田康祐研究員、安永純一朗准教授及び松岡雅雄教授らの研究グループは、これまでATL患者に恒常的に発現しているHTLV-1ウイルス遺伝子「HBZ」に着目し、その機能解析を進めてきました。先行研究の結果から、HBZ遺伝子はRNAとタンパク質双方の分子形態で機能を有することがわかっており、本研究では両者の分子学的機能を詳細に検討しました。
    研究の結果、HBZ遺伝子のRNAとタンパク質はそれぞれに異なった機序でヒト遺伝子であるTP73遺伝子を発現誘導することが明らかとなりました。さらにこのTP73遺伝子のスプライシング アイソフォーム※6の一つであるTAp73は、①細胞の乳酸トランスポーターであるMCT1・MCT4※7を介した乳酸排泄の促進、②エピゲノム制御に重要な役割を果たすEZH2遺伝子の発現亢進を惹起し、がん細胞において重要な「がん代謝」及び「エピゲノム異常」を促進することが判明しました。また同研究グループは、マウスモデルを用いた実験で乳酸排泄を阻害する薬剤(syrosingopine:MCT1・MCT4阻害剤)がATL細胞の増殖抑制作用を有することを発見しました。これまで「がん代謝」を標的としたATLの治療薬は無く、今後の新薬開発における有望な治療標的として期待されます。

 【展開】

 本研究の結果から、HBZが惹起する新たな発がん機構が解明されました。
 またMCT1・MCT4分子というATLの新たな治療標的を見出したことにより、難治性の疾患であるATLに対するより有効な治療法の確立に貢献できることが期待されます。さらにはATLに限らずMCT1・MCT4は多くのがん種に発現しており、より幅広い患者層を根治に導きうる至適な治療標的であると考えられます。

【用語解説】

※1 ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)
ヒトに疾患を引き起こす病原性レトロウイルス。主にCD4陽性T細胞リンパ球に感染し、そのウイルス遺伝子が感染者のDNA内に組み込まれる。約5%の感染者が生涯の内に成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)を発症する。

※2 HTLV-1 bZIP factor(HBZ)
HTLV-1がコードするウイルス遺伝子で、感染者のDNA内に組み込まれた後、RNAとタンパク質双方の分子形態で機能する。発がん作用を有しており、ATL細胞に恒常的に発現している。

※3 がん代謝
がん細胞特有の異常な代謝。正常細胞とは異なった代謝経路を活性化させ、がん細胞の生存・増殖に寄与する。代表的なものとして好気的解糖(Warburg効果)が知られる。

※4 エピゲノム異常
ゲノムDNAの塩基配列ではなく、そのゲノムに生じた修飾(ヒストン修飾など)をエピゲノムと呼ぶ。この修飾により、遺伝子の発現が調節される。様々ながん種において、DNAやヒストンに異常な修飾(エピゲノム異常)が認められ、遺伝子発現異常の原因となっている。

※5 成人T細胞白血病/リンパ腫(ATL)
HTLV-1に感染したCD4陽性Tリンパ球ががん化して発症する血液のがん。難治性の疾患であり、血液のがんの中でも予後不良である。

※6 スプライシング アイソフォーム
1つの遺伝子からRNAが転写された後に、スプライシングという機構により2つ以上の異なったmRNAが生成されることがあり、スプライシング アイソフォームと呼ばれる。

※7 MCT1・MCT4
細胞外への乳酸排泄を行う細胞膜タンパク質、トランスポーター。がん細胞に高発現しており、現在様々ながん種において治療開発研究が精力的に行われている。

 
【論文情報】

【詳細】 プレスリリース(PDF307KB)

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<熊本大学SDGs宣言>

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熊本大学大学院生命科学研究部
担当:准教授   安永 純一朗
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