イベルメクチンが抗HBV作用を有することを発見

【ポイント】

  • イベルメクチンがHBV感染抑制作用を示すことを発見しました。
  • イベルメクチンはimportin α/β の中でも特にKPNA2 を阻害することでHBcの核移行を抑制している可能性が考えられます。
  • HBVの感染機構の解明とともに、イベルメクチンのドラッグリポジショニングや新規抗HBV治療薬の開発に繋がることが期待されます。

【概要説明】

 現在、B型肝炎ウイルス(HBV)(※1)感染による慢性肝炎の治療薬としては、主に核酸アナログ製剤(※2)が用いられています。核酸アナログ製剤は、HBV DNA量を非常に低レベルにまで減少させることが可能ですが、cccDNA(※3)やHBs抗原(※4)を陰性化することはできません。

 名古屋市立大学大学院薬学研究科の松永 民秀 教授・坡下 真大 講師、熊本大学大学院生命科学研究部の田中 靖人 教授、北里大学大村智記念研究所の砂塚 敏明 教授・廣瀬 友靖 教授の研究グループは、近年複数のウイルスの抑制作用が注目されているイベルメクチン(※5)がHBV感染を抑制する作用を有することを明らかにしました。

 イベルメクチンは細胞内の核-細胞質輸送体であるimportin α/β(※6)を特異的に阻害することで、1型ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)やデングウイルスなどのRNAウイルスの複製を抑制することが知られています。本研究グループは、HBVの構成成分であるHBVコアタンパク質(HBc)がimportin α/βで核内に輸送されることに着目し、イベルメクチンによる抗HBV作用を調べました。その結果、イベルメクチンはNTCP強制発現肝がん細胞(※7)およびヒト肝キメラマウス由来肝細胞(※8)の両細胞においてcccDNAHBs抗原を減少させることが分かりました。また、イベルメクチンはHBcおよびimportin α のサブタイプの一つであるimportin α1karyopherin α2, KPNA2)の核内における存在量も低下させました。また、KPNA2の発現を抑制した状態ではcccDNAHBs抗原の産生が抑えられたことから、KPNA2HBV感染に関与していることが示唆されました。

 本研究により、イベルメクチンがRNAウイルスの複製抑制だけでなく、DNAウイルスであるHBVに対しても抑制作用があることを発見し、その抗HBV効果はKPNA2の阻害によるHBcの核内蓄積抑制であることを明らかにしました。本研究は、HBV感染機構の解明とともに、イベルメクチンのドラッグリポジショニング(※9)や新規抗HBV治療薬の開発に繋がることが期待されます。

 

【用語解説】

(※1B型肝炎ウイルス(HBV):血液や体液などを介して肝臓に感染するDNAウイルス。HBVHBcが組み立てられて作られるキャプシドに格納されたゲノムDNAとそれを覆うエンベロープ抗原から構成されている。

(※2)核酸アナログ製剤:HBVの逆転写酵素を特異的に阻害するためHBV DNAの産生は抑制できるが、逆転写酵素が関与しないHBs抗原の産生は抑制しない。また、HBV DNAの産生源となるcccDNAも減少させることができない。

(※3cccDNA:HBVに感染後、細胞核内で前駆体DNA rcDNA)より形成されるHBVに特徴的なゲノムDNAPre-genomic RNAや種々のウイルスタンパク質を作るmRNA産生の鋳型となる。既存の治療薬ではcccDNAの除去ができないため、完治が困難である。

(※4HBs抗原:HBVの外殻を構成するエンベロープタンパク質。三つのドメイン(preS1preS2S)から構成され、preS1ドメインにある一部のアミノ酸領域が肝細胞への侵入に関与している。近年、HBs抗原値と発がんとの関連が注目され、HBs抗原の陰性化は治療成功のために重要である。

(※5)イベルメクチン:放線菌から単離されたアベルメクチンを化学修飾して合成された化合物。グルタミン酸クロライドチャネルを阻害することにより駆虫効果を発揮するため、疥癬やオンコセルカ症の治療薬として使用されている。近年、importin α/βが関与する核内輸送経路を特異的に阻害することにより、HIV-1やデングウイルス感染を阻害することが報告されている。

(※6importin α/β:核-細胞質間のタンパク質の輸送を担う。Importinkaryopherinとも呼ばれており、αとβのサブユニットを有している。Importin αは基質特異性の異なる7つのサブタイプ(karyopherin α1-7, KPNA1-7)に分類される。Importin αは基質タンパク質上に存在する核移行シグナルという特定のアミノ酸配列を認識し、基質タンパク質と結合する。その後、importin β(karyopherin β1, KPNB1)と複合体を形成し、核内に輸送される。肝細胞ではKPNA7の発現が低かったため、本研究ではKPNA1–6およびKPNB1について解析を行なっている。

(※7NTCP強制発現肝がん細胞:HBVを一過性に感染可能な肝がん細胞。HBVが肝細胞に侵入する際には細胞表面のNTCPという胆汁酸トランスポーターを利用する。これまでのヒト肝がん細胞では NTCPの発現が低下しており、HBV の感染能を持たなかった。本細胞は、遺伝子組換え技術によりNTCP の発現量を強制的に増加させている。

(※8)ヒト肝キメラマウス由来肝細胞:肝臓の90%以上を正常なヒト肝細胞に置換した特殊なマウスから採取した肝細胞。肝がん細胞株では一過性の感染しか評価できないため、より正確な評価には本細胞を用いる必要がある。

(※9)ドラッグリポジショニング:既存の治療薬の新たな薬効を発見し、別の疾患の治療薬として開発する方法。既存の治療薬ではヒトでの安全性や製造方法などが確認されているため、通常の新薬開発に比べて迅速に薬を医療現場に届けることができる。

 

【研究助成】

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
○日本医療研究開発機構(AMED)(JP21fk0310101
研究課題名:「実用化に向けたB型肝炎新規治療薬の探索及び最適化」
研究代表者:田中 靖人(熊本大学大学院生命科学研究部 教授)
研究期間:平成294月〜令和43
○日本医療研究開発機構(AMED)(JP22fk0310518
研究課題名:「実用化に向けたB型肝炎新規治療薬の開発」
研究代表者:田中 靖人(熊本大学大学院生命科学研究部 教授)
研究期間:令和43月〜令和73


【論文情報】

  • 論文名:Ivermectin Inhibits HBV Entry into the Nucleus by Suppressing KPNA2(イベルメクチンはKPNA2を抑制することでHBVの核への侵入を阻害する)
  • 著者名:Anna Nakanishi 1,†, Hiroki Okumura 1,†, Tadahiro Hashita 1,2,*, Aya Yamashita 2, Yuka Nishimura 2, Chihiro Watanabe 2, Sakina Kamimura 2, Sanae Hayashi 3,4, Shuko Murakami 3, Kyoko Ito 3, Takahiro Iwao 1,2, Akari Ikeda 5, Tomoyasu Hirose 5, Toshiaki Sunazuka 5, Yasuhito Tanaka 3,4,*, and Tamihide Matsunaga 1,2


    1 名古屋市立大学大学院薬学研究科 臨床薬学分野
    2 名古屋市立大学大学院薬学部 臨床薬学教育研究センター
    3 名古屋市立大学大学院医学研究科 病態医科学分野
    4 熊本大学大学院生命科学研究部
    5 北里大学大村智記念研究所
    *  責任著者
    † 共同第一著者

  • 掲載誌:Viruses
  • doi:10.3390/v14112468
  • URL:https://www.mdpi.com/1999-4915/14/11/2468

 
【詳細】 プレスリリース(PDF1222KB)



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