国内初 新生児スクリーニングで脊髄性筋萎縮症患者を発見 病気の発症前に遺伝子治療を実施することに成功

【ポイント】

  • 脊髄性筋萎縮症(SMA)は、脊髄前角細胞の変性・消失によって、筋力の低下や筋の萎縮が進行する難病の一つです。重症型では生後6ヶ月までに発症し、2歳までに亡くなる方がほとんどです。
  • SMAの重症者には、遺伝子治療が承認されています。しかし、病気の症状が現れた後に遺伝子治療を行った場合の効果は乏しく、症状が現れる前(発症前)に遺伝子治療を行うことが重要であり、早期に発見する方法の開発が望まれていました。
  • 本研究グループは、わが国で初めて新生児スクリーニング※1で無症状のSMA患者を発見し、発症前(生後1ヶ月目)に治療を行いました。これにより、根治も含めた高い治療効果が期待されます。

【概要説明】

 熊本大学大学院生命科学研究部小児科学講座の中村公俊教授、KMバイオロジクス株式会社らの研究グループは、わが国で初めて、生後5日目に実施される新生児スクリーニングにより脊髄性筋萎縮症(SMA)の患者を発見することに成功し、その症状が発現する前の2021年5月に遺伝子治療を行いました。

 SMAは、運動神経細胞生存遺伝子(SMN遺伝子)※2の異常によってSMNタンパク質が十分に作られず、脊髄前角細胞が変性・消失し、筋力の低下や筋の萎縮が起こる進行性の難病です。重症例では人工呼吸器が必要となり、治療を行わない場合、多くは2歳までに死亡します。従来は治療が困難な病気でしたが、最近、この病気に対する遺伝子治療薬が開発されました。この遺伝子治療を行うと、正常なSMN遺伝子が患者の運動ニューロンで働き、筋力の低下や筋の萎縮を防ぐことができ、完治が期待できます。しかし、一度、症状が現れてしまうと遺伝子治療の効果が乏しくなり、症状の進行は抑えることができますが、回復させることは難しいことがわかっています。一方で、症状が現れる前に治療を開始することができた症例では、ほぼ正常な発育が認められています。以上のことから、症状が現れる前にSMA患者を発見する方法の確立が望まれていました。

 今回、本研究グループはKMバイオロジクスとの共同研究でSMAに対する新生児スクリーニングの基盤技術を構築し、この方法を用いて熊本県で新生児スクリーニングを行った結果、SMA患者を症状の発現前に診断することに成功しました。その結果、症状の発現前に遺伝子治療を行うことができたことから、高い治療効果が期待されます。また、このSMAの新生児スクリーニングの基盤技術の有用性が示されたことで、今後、このスクリーニング方法を導入する自治体が増えることが予想されます。

【展開】

 2021年5月現在、わが国では熊本県の他、千葉県や兵庫県など限られた地域でのみ、SMAの新生児スクリーニングが行われています。本研究グループが新生児スクリーニングによってSMA患者を発見し、発症前に治療を行うことができたことで、わが国でもその有用性が示されたと考えます。今後、SMAの新生児スクリーニングを行う自治体が増えることが予想されます。さらにすべて新生児がこのスクリーニング検査を受けられるようになることが期待されます。

【用語解説】

※1 新生児スクリーニング:放置すると将来、障害が出てくるような先天異常症等を生後早期に発見して、症状の発現前に治療介入して障害を予防するシステム。

 ※2 運動神経細胞生存遺伝子(SMN遺伝子):ヒトの5番染色体上にあり、SMN1遺伝子とSMN2遺伝子がある。SMNタンパク質の約90%SMN1遺伝子から作られ、残りがSMN2遺伝子から作られる。患者の大半は、両親からSMN1遺伝子の欠失を受け継ぐことで、SMAを発症する。またSMN2遺伝子のコピー数が少ないほどSMAの重症度が高くなる傾向にある。


【詳細】 プレスリリース(PDF368KB)

お問い合わせ

熊本大学大学院生命科学研究部小児科学講座
教授 中村 公俊 
電話:096-373-5191
E-mail:pediat※kumamoto-u.ac.jp

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