「悪者」と思われていた鉄が守りの役割を発揮し、 肝線維化を抑える新たな仕組みを解明 ―鉄がCXCL5を介して好中球を呼び込み、 線維分解を促進することで胆汁うっ滞性肝疾患の進行を抑制―
【本研究成果のポイント】
・肝細胞内の鉄が、胆汁うっ滞性肝疾患において線維化を抑制する役割を持つことを発見した。
・鉄がCXCL5の発現を増加させ、それにより線維溶解酵素MMP9を産生する好中球の肝臓への集積が促され、線維分解が進む仕組みを解明した。
・鉄は従来「有害因子」と考えられてきたが、条件によっては線維化を抑制する「保護的作用」を示す可能性があり、新しい治療戦略につながることを示した。
【概要説明】
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所 細胞動態学分野の諸石寿朗教授、熊本大学大学院生命科学研究部 分子薬理学講座の金森耀平助教、金沢大学 医薬保健研究域医学系 人体病理学の原田憲一教授らの研究チームは、マウスモデルを用いた解析により、肝細胞内の鉄が胆汁うっ滞性肝疾患における線維化病態を改善することを明らかにしました。これまで肝臓における鉄は、酸化ストレスを介して細胞死を促進し、慢性肝疾患を悪化させる因子と考えられてきました。しかし今回の研究で、肝細胞(用語1)に鉄が蓄積すると、胆汁うっ滞性肝疾患(用語2)における肝線維化(用語3)が抑制される一面があることが示されました。
具体的には、鉄が肝細胞でケモカインCXCL5(用語4)の発現を高め、それによって線維溶解作用を持つMMP9(用語5)陽性の好中球(用語6)の集積が促されました。さらに、患者検体においても、MMP9の発現が高い群では線維化が軽度であることが確認されました。
肝線維化は慢性肝疾患の最終段階として肝硬変や肝不全を引き起こし、生命予後を大きく左右します。これまでの研究では鉄を「有害因子」として捉えることが多かったのですが、本研究はその逆に「保護的作用」を明らかにしました。本成果は、鉄代謝や免疫細胞との相互作用を利用した新しい治療法の開発につながる可能性を示唆しています。今後は、鉄代謝やCXCL5-MMP9経路を標的とした治療法の開発や、患者層別化に基づく個別化医療への応用が期待されます。
本研究成果は、熊本大学 免疫ゲノム構造学講座および東京科学大学 制がんストラテジー研究室との共同研究によって得られ、9月11日(現地時間)付で「JHEP Reports」誌に掲載されました。
【用語説明】
- 肝細胞:肝臓の主要な細胞で、代謝や解毒を担う
- 胆汁うっ滞性肝疾患:胆汁の流れが障害され、肝臓に炎症や線維化を引き起こす疾患の総称
- 肝線維化:肝臓にコラーゲンなどの線維成分が過剰に蓄積し、硬くなる病態
- CXCL5:好中球を呼び寄せるケモカイン
- MMP9:コラーゲンなどの細胞外マトリックスを分解する酵素
- 好中球:白血球の一種で、感染防御だけでなく組織修復にも関与する
- FBXL5:細胞内鉄を制御する分子。欠損すると鉄が過剰に蓄積する
- エピジェネティック活性化:DNA配列そのものを変えずに、遺伝子の発現を調節する仕組み
【論文情報】
掲載誌:JHEP Reports
論文タイトル:Hepatocyte iron suppresses liver fibrosis via fibrolytic neutrophil recruitment in cholestasis
著者:Yohei Kanamori, Akihiro Nita, Keiichi I. Nakayama, Daisuke Kurotaki, Kenichi Harada, Toshiro Moroishi
DOI:10.1016/j.jhepr.2025.101590
【詳細】 プレスリリース(PDF570KB)
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