ヒトT細胞白血病ウイルス、エイズウイルスの新しい持続感染メカニズムを発見

【ポイント】

  • レトロウイルス*1の一種であるヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)およびヒト免疫不全ウイルス(HIV)が、ウイルスの感染維持のため、共にプロウイルス*2のアンチセンス鎖*3にコードされている遺伝子を利用していることを明らかにしました。
  • 上記の遺伝子(アンチセンス遺伝子)のRNAは共にポリA*4付加が弱いため核に局在し、宿主遺伝子の転写を制御することが判明しました。その結果、HTLV-1のアンチセンス遺伝子は感染細胞の増殖促進、HIVのアンチセンス遺伝子はウイルスの潜伏に寄与していました。
  • これらの所見は、HTLV-1およびHIVがアンチセンス遺伝子のRNAの働きによって感染を持続するという共通のメカニズムを持つことを示しており、レトロウイルスの生き残り戦略の解明と新規治療法の開発につながることが期待されます。

【概要説明】

 ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)とヒト免疫不全ウイルス(HIV)はヒトに病気を引き起こすレトロウイルスであり、前者は成人T細胞白血病(ATL)、後者は後天性免疫不全症候群(AIDS:エイズ)の原因ウイルスです。レトロウイルスは、標的細胞への感染時にプロウイルスとして宿主細胞のDNAに組み込まれます。プロウイルスにはウイルス粒子の形成に必要なタンパク質以外に、感染細胞やウイルスの複製を制御する遺伝子や、アクセサリー遺伝子とよばれる遺伝子などがコードされており、これらの機能が病原性にも関与しています。

 熊本大学大学院生命科学研究部の松岡雅雄教授らの研究グループは、HTLV-1およびHIV由来のプロウイルスDNAのアンチセンス鎖にコードされている遺伝子(アンチセンス遺伝子)が、ウイルスの持続感染に機能する分子機構を解明しました。

 HTLV-1、HIVDNAは、各々HTLV-1 bZIP factor (HBZ)antisense protein (ASP)という遺伝子をアンチセンス鎖に持つことが知られています。本研究グループは、これまでの研究でHBZ遺伝子がHBZタンパク質をコードするだけでなくRNAとしても機能し、宿主遺伝子の発現を撹乱することを見出してきました。しかしながら、HBZ RNAが宿主遺伝子の転写を制御する分子メカニズムは明らかとなっていませんでした。

 本研究成果は米国科学アカデミーが発刊する『米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of SciencePNAS)』に令和3420日にオンラインで発表されました。

 本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)」、独立行政法人日本学術振興会から研究資金の助成を受け行われました。

 

【展開】

 本研究での解析結果は、HTLV-1およびHIVが持続感染を維持する機構に迫るものであり、新たな治療標的の同定、分子標的療法の開発につながると期待されます。


【用語解説】

1 レトロウイルス:RNAウイルスの一種で、細胞に侵入後、自身の逆転写酵素でRNAからDNAを合成し、宿主細胞の染色体内に組み込まれ感染が成立する。

2 プロウイルス:宿主細胞のゲノム内に組み込まれたレトロウイルス由来の2本鎖DNA配列。

3 アンチセンス鎖:2本鎖DNA配列のうち、ウイルスのゲノムRNAの鋳型となる鎖(センス鎖)の相補鎖をアンチセンス鎖と呼ぶ。

4 ポリA鎖:多くの真核生物mRNA3’末端にDNA配列とは関係なく付加されるポリアデニル酸(ポリA)配列。ポリA鎖付加はmRNAの安定性、核外輸送、翻訳の制御などに関与している。


【論文情報】

  • 論文名:Human retroviral antisense mRNAs are retained in the nuclei of infected cells for viral persistence
  • 著者:Ma G1,3, Yasunaga JI1,2, Shimura K1, Takemoto K1, Watanabe M2, Amano M2, Nakata H2, Liu B3, Zuo X3, Matsuoka M1,2.

    1Laboratory of Virus Control, Institute for Frontier Life and Medical Sciences, Kyoto University, Kyoto, Japan

    2Departments of Hematology, Rheumatology and Infectious Disease, Graduate School of Medical Sciences, Faculty of Life Sciences, Kumamoto University, Kumamoto, Japan

    3Institute of Pharmaceutical Science, China Pharmaceutical University, Nanjing, China

  • 掲載誌:Proc Natl Acad Sci USA
  • DOI:10.1073/pnas.2014783118
  • URL:https://www.pnas.org/content/118/17/e2014783118/


【詳細】 プレスリリース(PDF414KB)

お問い合わせ  

熊本大学大学院生命科学研究部
血液・膠原病・感染症内科学講座
担当:准教授 安永 純一朗
電話:096-373-5156
E-mail:jyasunag※kumamoto-u.ac.jp

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