間葉性異形成胎盤発症におけるSCMC構成因子の関与を解明
【概要説明】
間葉性異形成胎盤(placental mesenchymal dysplasia: PMD)は嚢胞状変化を示す稀な胎盤異常で、流早産や胎児発育不全などの合併症リスクが高く、約20%でベックウィズ・ヴィーデマン症候群が合併します。PMDは雄核発生細胞と両親性正常細胞のモザイクが原因と考えられてきましたが、当研究室は以前、約3割の症例が両親性ゲノムを保持すること(両親性PMD)、両親性PMDで複数のインプリント制御領域が低メチル化異常を示すことを報告しています。
今回の研究では両親性PMD妊娠を経験した7名の母親の末梢血DNAを対象に全エクソーム解析を行い、Subcortical Maternal Complex(SCMC)の構成因子であるNLRP遺伝子のバリアントを同定しました(NLRP5複合ヘテロ(うち1つはフレームシフト)とNLRP2ミスセンスを同定。NLRP5フレームシフトは病的と評価。)。胎盤組織でメチル化解析を行った結果、複数のインプリント制御領域のDNAメチル化異常を検出しました。さらに、同一胎盤でも解析部位によってDNAメチル化異常部位が異なるモザイク様の分布を確認しました。これらの結果から、SCMCを構成するNLRP遺伝子の機能不全が受精直後のインプリンティング維持破綻を引き起こし、その細胞間ばらつきが胎盤組織内のモザイクとして現れ、両親性PMDに至る機序が示唆されました。また、両親性PMDは、複数のインプリント制御領域のDNAメチル化異常が検出されたことから、胎盤におけるMultilocus Imprinting Disturbances(MLIDs)と位置付けられることが示唆されました。
本成果は、長崎大学原爆後障害医療研究所人類遺伝学研究分野 長崎大学大学院卓越大学院プログラム 吉浦孝一郎教授、三嶋博之助教、熊本大学大学院生命科学研究部 産科婦人科学講座 大場隆准教授(現熊本総合病院副院長)との共同研究によるものです。
【論文情報】
論文タイトル:Variants of NLRP genes encoding subcortical maternal complex components are linked to biparental placental mesenchymal dysplasia
掲載誌名:Human Genomics
公開日:2025年8月19日
DOI:10.1186/s40246-025-00814-w
URL:https://link.springer.com/article/10.1186/s40246-025-00814-w?utm_source=rct_congratemailt&utm_medium=email&utm_campaign=oa_20250819&utm_content=10.1186/s40246-025-00814-w
【用語解説】
- 雄核発生細胞:父親の精子由来の核のみから発生する二倍体細胞。
- モザイク:1つの受精卵由来の個体で、遺伝的に異なる細胞が混在している状態。
- インプリント遺伝子とインプリント制御領域:インプリント遺伝子とは、父由来遺伝子と母由来遺伝子のうち、どちらか一方のアレルのみが発現する遺伝子。インプリント遺伝子は、インプリント制御領域のDNAメチル化によって発現が制御される。DNAメチル化異常などによりインプリント遺伝子の発現制御が破綻すると、ベックウィズ・ヴィーデマン症候群やシルバー・ラッセル症候群などのインプリンティング疾患が発症する。
- MLIDs(Multilocus Imprinting Disturbances):複数のインプリント制御領域でDNAメチル化異常が同時に生じる現象であり、単一座位に限らないメチル化異常を示す状態。ベックウィズ・ヴィーデマン症候群やシルバー・ラッセル症候群などのインプリンティング疾患の一部の患者で見られ、臨床症状に影響を及ぼすことがある。原因としては、SCMC構成因子であるNLRP5遺伝子などの病的バリアントが関与する場合がある。
- SCMC(Subcortical Maternal Complex):哺乳類の卵子および初期胚に特異的に存在するタンパク質複合体。初期胚の発生に重要で、DNAメチル化維持や再プログラミングに関与する。SCMC構成因子であるNLRP5遺伝子などの病的バリアントによりMLIDsが発症することが知られている。
【詳細】 プレスリリース(PDF201KB)
お問い合わせ
熊本大学 総務部総務課広報戦略室
電 話 : 096-342-3269
e-mail: sos-koho@jimu.kumamoto-u.ac.jp