細胞の分解機構「シャペロン介在性オートファジー」の活性低下が小脳性運動障害に繋がることを解明ー遺伝性の難病「脊髄小脳失調症」の克服へ前進ー

【ポイント】

  • 細胞内のタンパク質を分解することで生体の恒常性を維持する「シャペロン介在性オートファジー(CMA)」活性を小脳神経細胞でのみ低下させたマウスを作製し、運動障害や小脳神経の変性が引き起こされることを解明しました。
  • 小脳萎縮や小脳性運動失調を症状とする脊髄小脳失調症の原因タンパク質を機能させることでもCMA活性低下が観察されることから、CMAが脊髄小脳失調症の新たな治療標的となることが期待されます。

【概要説明】

 熊本大学大学院生命科学研究部創薬科学分野(薬物活性学)の関貴弘准教授、香月博志教授らのグループは、群馬大学大学院医学系研究科の今野歩講師、平井宏和教授との共同研究により、アデノ随伴ウイルスベクター*1を用いた遺伝子導入技術によって、細胞内タンパク質分解機構の一つであるシャペロン介在性オートファジー(CMA)の活性を小脳の神経細胞でのみ低下させたマウスの作製に成功しました。このマウスは進行性の運動障害、小脳神経の変性及びグリア細胞*2の活性化という特徴を示すことが明らかとなりました。

 脊髄小脳失調症はいくつかの遺伝子が原因で発症する遺伝性の難治性神経疾患であり、小脳の萎縮や神経障害によってふらつきが起きる、呂律が回らなくなるなどの症状を示します。この疾患が小脳の失調を引き起こすメカニズムは解明されておらず、根本的治療法もまだ存在しません。本研究グループは、これまでに脊髄小脳失調症の原因となる数種類のタンパク質を機能させると、細胞内でのCMA活性が低下することを解明していますが、本研究結果は脊髄小脳失調症発症とCMA活性低下の関連を強く示唆するものであり、CMAが脊髄小脳失調症の新規治療標的となることが期待されます。

 本研究結果はNeuropathology and Applied Neurobiology誌のオンライン版で2020年7月28日(英国時間)に公開されました。

 

【今後の展開】

 本研究結果から、CMAが脊髄小脳失調症の新規治療標的となり、未だ確立されてない根本治療法の開発に繋がることが期待されます。脊髄小脳失調症は遺伝子診断により原因遺伝子保有の有無が判定可能です。しかし、現状では原因遺伝子の保有が確認されたとしても、発症を予防する方法は存在しておりません。CMAを活性化し、なおかつ安全性の高い化合物が同定されれば、脊髄小脳失調症治療薬としての応用だけでなく、予防薬としても大いに有効ではないかと期待されます。

 

【用語解説】

*1:アデノ随伴ウイルスベクター

 病原性のほとんどないウイルスであるアデノ随伴ウイルスの感染力を利用し、目的遺伝子をウイルスゲノムに組み込むことで遺伝子導入を行うために用いられています。現在は実験動物や培養細胞への遺伝子導入に頻用されていますが、将来的には遺伝子治療法への応用も期待されています。

*2:グリア細胞

 脳内に存在する神経細胞以外の細胞の総称。オリゴデンドロサイト、アストロサイト、ミクログリアの3種類が存在し、神経細胞の保護や機能調節、脳内の免疫機能などを担っています。

 

【論文情報】
● 論文名:Ataxic phenotype and neurodegeneration are triggered by the impairment of chaperone-mediated autophagy in cerebellar neurons.

● 著者名:Masahiro Sato, Tomoko Ohta, Yuri Morikawa, Ayumu Konno, Hirokazu Hirai, Yuki Kurauchi, Akinori Hisatsune, Hiroshi Katsuki, Takahiro Seki*(*:責任著者)

● 掲載雑誌:Neuropathology and Applied Neurobiology

● DOI:10.1111/nan.12649

● URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/nan.12649

【詳細】

● プレスリリース(PDF 251KB)

お問い合わせ  

熊本大学大学院生命科学研究部 創薬科学分野(薬物活性学)

担当:関 貴弘(准教授)
電話:096-371-4182
e-mail:takaseki※kumamoto-u.ac.jp

(※を@に置き換えてください)