ゲノムDNAの構造をこわれやすくして遺伝子の転写を制御するしくみを解明

【概要】
 ゲノム中の遺伝子がタイミングよく使われる、つまり“転写”されることは、全ての生命活動に重要です。しかし真核生物のゲノムDNA は、細胞核内で折りたたまれています。その折りたたみ構造では、タンパク質の複合体であるヒストン8量体にDNAが巻きつき、“ヌクレオソーム”と呼ばれるコンパクトな構造をとっております。そのため、そのままでは転写がされにくい状態になっています。タンパク質にならないリボ核酸(“ノンコーディングRNA”と呼ばれる)は、転写を調節することがあると提唱されていますが、ヌクレオソームにどのような影響を持つかはわかっていませんでした。

  •  東京大学定量生命科学研究所の胡桃坂仁志教授、公益財団法人がん研究会がん研究所斉藤典子部長らの研究グループは、早稲田大学、熊本大学との共同研究により、核内のノンコーディングRNA にはヌクレオソームをこわれやすくして転写をコントロールする、という新しいはたらきがあることを発見しました。
  •  エレノア2ノンコーディングRNAは、再発乳がんモデル細胞で、エストロゲン受容体遺伝子座の周辺からつくられ、そこに蓄積して転写を活発にさせます。この再発乳がん細胞では、エレノア2がつくられる周辺でヌクレオソームが緩んでおり、エレノア2を減弱するとこれが解消されました。
  •  試験管内の実験では、人工的に作成したエレノア2 RNA 断片が、ヌクレオソームを著しく不安定化することを明らかにしました。このヌクレオソームを不安定化する、という活性は他のRNA にも認めらましたが、DNAにはありませんでした。

本研究の成果は、Nature Publishing Groupオープンアクセス誌Communications Biologyに、2020年2月11日付で公開されました。

【ポイント】
1. 再発乳がんモデル細胞(注1)では、ゲノムからエレノア2ノンコーディングRNA(注2)が過剰に転写(注3)されつくられますが、その近くではゲノムが作る高次構造であるヌクレオソーム(注4)が緩んでいました。
2.人工的な試験管の中の実験でも、エレノア2 RNA 断片がヌクレオソームを著しく不安定にしました。
3.核内のノンコーディングRNA には、ヌクレオソーム構造を緩めて転写を制御するという新しい機能があることを発見しました。

【用語解説】
(注1)再発乳がんモデル細胞
ヒトER陽性乳がん細胞株MCF7を、3ヶ月以上の長期にわたってエストロゲンを枯渇した状態で培養して、生き残る細胞。LTED(long-term estrogen deprivation)細胞とよばれる。もとのMCF7 細胞とは異なり、エストロゲンがなくても増えることができる。

(注2)ノンコーディングRNA
タンパク質に翻訳されない種類のRNA(リボ核酸)。細胞質でリボソームによりタンパク質になるメッセンジャーRNAとは異なり、細胞や生命の制御因子と推定される。ヒトには10万種類ほどのノンコーディングRNAが存在すると見積もられており、多くが細胞核内に存在する。いくつかのノンコーディングRNAについては、がんを含む疾患に関わることがわかってきている。

(注3)転写
遺伝情報の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列が、RNA合成酵素によってコピーされて、RNAが合成されること。一般的に遺伝子の機能は、DNAが転写されてRNAになり、それがタンパク質に翻訳されることによって発現する。

(注4)ヌクレオソーム
真核生物のゲノムDNAが細胞核内でとるクロマチンの基本構造単位。4種類のヒストンタンパク質(H2A、H2B、H3、H4)が2分子ずつから構成されるヒストン8量体の周囲にDNA二重らせんが約1.5回ほど、巻きついたもの。

【論文情報】
論文名:Nucleosome destabilization by nuclear non-coding RNAs.
掲載誌:Communications Biology (Nature Publishing Groupのオープンアクセス誌)
    ※2020年2月11日付でオンラインに掲載されました。
DOI:10.1038/s42003-020-0784-9
著者:Risa Fujita1#, Tatsuro Yamamoto2,3#, Yasuhiro Arimura1, Saori Fujiwara3+, Hiroaki Tachiwana2, Yuichi Ichikawa2, Yuka Sakata2, Liying Yang2, Reo Maruyama2, Michiaki Hamada4,5, Mitsuyoshi Nakao3, Noriko Saitoh2*, and Hitoshi Kurumizaka1*
# 共同第一著者 * 責任著者
著者の所属機関:
1. 東京大学定量生命科学研究所
2. 公益財団法人がん研究会がん研究所
3. 国立大学法人熊本大学発生医学研究所
3+.国立大学法人熊本大学発生医学研究所(研究当時)
4. 早稲田大学大学院先進理工学研究科
5. 産総研・早大生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ


【詳細】 
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