肝性脳症の早期段階に新たな治療戦略 ―リファキシミンが認知機能を改善
(ポイント)
- 不顕性肝性脳症[注1]の患者さんにおいて、抗菌剤リファキシミン[注2]が認知機能の改善に有効であることを、多施設共同ランダム化比較試験により明らかにしました。
- リファキシミンは、転倒や運転事故など肝性脳症の進行に関連するイベントの発症リスクを低減させ、肝硬変患者さんのQOL向上や予後改善に寄与する可能性が示されました。
- 腸内細菌叢[注3]の全体的な多様性を維持しつつ特定の菌に作用することから、腸内環境を大きく乱さない新たな治療戦略として、早期段階からの介入や臨床応用の展開が期待されます。
(概要説明)
熊本大学大学院生命科学研究部の稲田浩気特任助教、魚嶋晴紀准教授、田中靖人教授、北里大学医学部の日高央教授、九州大学大学院農学研究院の中山二郎教授らの研究チームは、不顕性肝性脳症患者を対象としたランダム化比較試験を実施し、腸管選択的抗菌薬であるリファキシミンが認知機能を改善し、肝性脳症に関連する合併症の発症頻度を減少させることを明らかにしました。
本研究では、認知機能評価としてストループテスト[注4]を用い、さらに腸内細菌叢の解析を組み合わせることで、リファキシミンの臨床的効果とその作用機序の一端を示しました。これらの成果は、不顕性肝性脳症という、症状が明らかになる前の段階における新たな治療戦略の可能性を示すものです。
本研究の成果は、消化器病学の専門誌「Alimentary Pharmacology & Therapeutics」電子版にて、2026年5月6日付で公開されました。
(説明)
[背景]
肝性脳症は肝硬変などに伴って生じる神経精神症状であり、集中力や判断力の低下を引き起こします。なかでも「不顕性肝性脳症」は肝性脳症の初期段階であり、認知機能低下に伴う運転事故や転倒リスク、睡眠障害などのQOLを低下させるだけでなく、肝性脳症悪化や予後にも影響している病態であることが知られています。不顕性肝性脳症の段階での早期介入の必要性が指摘されているものの、有効な治療法のエビデンスは十分ではありませんでした。
[研究の内容]
本研究では、不顕性肝性脳症と診断された患者さんを対象に、抗菌薬リファキシミン投与群と非投与群に無作為に割り付けたランダム化比較試験を実施しました。認知機能はストループテストを用いて評価するとともに、肝性脳症に関連する有害事象や腸内細菌叢の変化についても包括的に解析しました。
[成果]
リファキシミンは不顕性肝性脳症における認知機能を大きく改善させ(図1)、転倒や交通事故などのイベント発症率を減少させました(図2)。腸内細菌叢の全体的な多様性は維持されている一方で、特定の菌群に対する選択的な変化が認められました(図3)。これらの結果から、本薬剤が腸内環境を大きく乱すことなく脳・腸・肝臓が相互に影響し合う「脳腸肝相関」に作用する可能性が示唆されました。
[展開]
本研究は、不顕性肝性脳症という「症状が明らかになる前の段階」における治療介入の有用性を示すものであり、今後の治療戦略の見直しや早期介入の重要性を裏付ける結果です。将来的には、より大規模な検証研究を通じて、臨床ガイドラインへの反映が期待されます。
[用語解説]
1) 不顕性肝性脳症(Covert hepatic encephalopathy)
明らかな意識障害はないものの、注意力や判断力などの認知機能に軽度の障害が生じている状態。
2) リファキシミン(Rifaximin)
腸管内で作用する抗菌薬で、腸内細菌叢の調整を通じて肝性脳症の改善に寄与すると考えられている。
3) 腸内細菌叢(Gut microbiota)
腸内に存在する多種多様な細菌の集合体で、消化や免疫、神経機能などに関与する。
4) ストループテスト
色と文字の認識のズレを利用して注意力や処理速度を評価する認知機能検査。
(研究助成)
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業「C 型肝炎ウイルス排除後の肝発がん機構を含む病態進展の解明と予防法の確立」(JP24fk0210103)および「HCV排除後における肝線維化・発癌および肝癌治療効果予測と予防戦略の確立」(JP25fk0210172)の支援により行われました。また、本研究にご協力いただきました方々のご厚意に深謝いたします。
(論文情報)
論文名:Rifaximin Improves Cognitive Performance and Reduces Cirrhosis-Related Adverse Events in Covert Hepatic Encephalopathy: A Randomized Controlled Trial
著者:Hiroki Inada*1), Toshinori Toyota*1), Haruki Uojima1)2), Etsuko Iio1), Takao Miwa3), Satoshi Miuma4), Shiho Miyase5), Takahiro Mizuta1), Daiki Maeda1), Katsuya Nagaoka1), Satoshi Narahara1), Sotaro Kurano1), Kentaro Tanaka1), Yoko Yoshimaru1), Takehisa Watanabe1), Shuichiro Iwasaki2), Hisashi Hidaka2), Kazuhiro Sugi6), Hiroko Setoyama1), Masahito Shimizu3), Jiro Nakayama7), Yasuhito Tanaka1)
* 共同筆頭著者
熊本大学、2. 北里大学、3. 岐阜大学、4. 長崎大学、5. くまもと森都病院、6. 熊本医療センター、7. 九州大学
掲載誌:Alimentary Pharmacology & Therapeutics
doi:10.1111/apt.70712.
【詳細】 プレスリリース(PDF451KB)
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お問い合わせ
(研究に関するお問い合わせ)
熊本大学大学院生命科学研究部(医) 担当:稲田 浩気(特任助教)
電話:096-373-5150
e-mail:inada.hiroki@kuh.kumamoto-u.ac.jp
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担当:総務部 総務課 広報戦略室
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