自閉スペクトラム症に関連する銅濃度低下が 白質形成と社会性行動に及ぼす仕組みを解明
新潟大学大学院医歯保健学研究科発達神経科学分野の臼井紀好教授、土井美幸助教、大阪大学大学院医学系研究科神経細胞生物学教室の島田昌一教授、同連合小児発達学研究科分子生物遺伝学研究領域の片山泰一教授、熊本大学生命科学研究部神経精神医学講座の牧之段学教授、福井大学子どものこころの発達研究センター脳機能発達研究部門の松﨑秀夫教授らの研究グループは、自閉スペクトラム症(ASD)者において血漿銅濃度の低下と症状指標との関連を見いだし、その背景にある分子機構をマウスモデルで解析することで、銅欠乏が脳の白質(注1)形成を担うオリゴデンドロサイト(注2)の成熟低下と社会性行動の変化に関わることを明らかにしました。マウスモデルを用いた解析により、銅欠乏によって髄鞘形成が低下するとともに、ミトコンドリアの品質管理機構であるマイトファジー(mitophagy)(注3)の変調と、細胞成長や代謝を制御するmTORシグナル(注4)の抑制が生じることを見いだしました。本研究は、自閉スペクトラム症の病態を微量元素代謝と白質形成の観点から捉える新たな視点を示す成果です。
【本研究成果のポイント】
- 自閉スペクトラム症者で、血漿銅濃度の低下を認め、症状指標との関連を見いだした。
- 自閉スペクトラム症者で、白質容量の低下を認め、社会性に関わる症状との関連を見いだした。
- 銅欠乏により、オリゴデンドロサイトの成熟と髄鞘形成が低下することを明らかにした。
- その分子背景として、マイトファジーの変調とmTORシグナル抑制が関与することを見いだした。
- 自閉スペクトラム症の病態を、微量元素代謝と白質形成の観点から捉える新たな視点を示した。
- 自閉スペクトラム症の理解を深める新たな手がかりとなることが期待される。
Ⅰ.研究の背景
自閉スペクトラム症は、社会的コミュニケーションの特性や行動の偏りを特徴とする神経発達症です。その病態形成には神経回路の発達変化が関与すると考えられていますが、近年では神経細胞だけでなく、脳の白質形成を担うグリア細胞(注5)の変化にも関心が高まっています。オリゴデンドロサイトは、軸索を髄鞘で包み、神経情報伝達の効率化に重要な役割を果たすグリア細胞であり、その成熟の変化は脳機能の発達に大きな影響を及ぼす可能性があります。
一方、銅は生体に必須の微量元素であり、エネルギー代謝、酸化還元制御、酵素活性の維持に関与しています。近年、自閉スペクトラム症では体内の微量元素バランスの変化が報告されていますが、銅濃度の変化が症状や脳発達、特に白質形成にどのような影響を及ぼすのか、その分子・細胞機構は十分に明らかになっていませんでした。
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究では、自閉スペクトラム症者の血漿を用い、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)(注6)によるメタローム解析(注7)を行い、銅濃度の低下とADOS-2(注8)で評価した症状指標との関連を見いだしました。そこで、自閉スペクトラム症との関連が示唆された銅濃度の低下に着目し、マウスモデルを用いて、血中銅濃度の低い状態が脳の白質形成と社会性行動に及ぼす影響を明らかにすることを目的としました。本研究グループは、行動解析、組織学的解析、分子生物学的解析を組み合わせ、銅欠乏下におけるオリゴデンドロサイトの成熟状態、白質形成、細胞内シグナルの変化を多面的に検討しました。
その結果、銅欠乏により、白質形成を担うオリゴデンドロサイトの成熟が低下し、髄鞘形成が低下することを見いだしました。さらに、その背景に、ミトコンドリアの品質管理機構であるマイトファジーの変調と、細胞成長や代謝を制御するmTORシグナルの抑制が関与することを明らかにしました。加えて、自閉スペクトラム症者のMRI解析からは、白質容量の低下が社会性に関わる症状と関連することを確認しました。これらの結果から、微量元素代謝の変化が細胞内代謝制御とグリア細胞成熟を介して脳機能に影響を及ぼす経路が示されました。また、ヒトで見いだされた銅濃度低下と白質変化の意義を、動物モデルにおける機序解析が支持する成果といえます。
Ⅲ.今後の展開
本研究は、自閉スペクトラム症の病態を、微量元素代謝、ミトコンドリア制御、白質形成という複数の階層をつなぐ視点から捉えた点に意義があります。今後は、ヒト検体や臨床データとの統合解析を進めることで、銅を含む微量元素バランスの変化が自閉スペクトラム症の層別化や病態評価に活用できるかを検証していく必要があります。
また、白質形成や代謝制御の変化が可逆的であるかを検討することで、栄養、代謝、細胞内シグナル制御に着目した新たな介入法の基盤構築につながることが期待されます。さらに、血漿中の微量元素プロファイルと画像所見を組み合わせることで、自閉スペクトラム症の理解を深める新たな手がかりとなることも期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2026年4月2日(日本時間午前3時)、国際科学誌「Science Advances」に掲載される予定です。
【論文タイトル】Copper deficiency impairs oligodendrocyte maturation and social behavior via mitophagy and mTOR suppression in ASD
【著者】Noriyoshi Usui*, Miyuki Doi, Stefano Berto, Kiwamu Matsuoka, Rio Ishida, Hana Miyauchi, Yuuki Fujiwara, Koichiro Irie, Michihiro Toritsuka, Takahira Yamauchi, Takaharu Hirai, Min-Jue Xie, Yoshinori Kayashima, Naoko Umeda, Keiko Iwata, Kazuki Okumura, Taeko Harada, Taiichi Katayama, Masatsugu Tsujii, Hideo Matsuzaki, Manabu Makinodan, Shoichi Shimada
*責任著者
【doi】10.1126/sciadv.adz3398
Ⅴ.謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(24K02386、23H02837、23K14443、23H04173、20K06872、20H03604、19H03581、19K21754、16H06400、16H06403、16H02666、16H05377)、日本医療研究開発機構(24gm1910004s0402、24wm0625510h0001、22gm1510009h0001、21gm6310015h0002、21wm04250XXs0101、21uk1024002h0002、Seeds A140)、ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS239F-1-2)、稲盛財団、上原記念生命科学財団、大阪難病研究財団、木下記念事業団、先進医薬研究振興財団、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、ヒロセ財団、持田記念医学薬学振興財団などの支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)白質
脳内で神経線維が多く集まる領域で、主に髄鞘に覆われた軸索から構成されます。脳の各領域をつなぎ、情報伝達を支える重要な構造です。
(注2)オリゴデンドロサイト
中枢神経系に存在するグリア細胞(注5参照)の一種です。神経細胞の軸索を髄鞘で包み、神経情報を速く正確に伝えるうえで重要な役割を担います。
(注3)マイトファジー
細胞内で傷んだミトコンドリアを選択的に分解・除去する仕組みです。ミトコンドリアの品質を維持し、細胞の恒常性を保つうえで重要です。
(注4)mTORシグナル
細胞の成長、代謝、タンパク質合成などを制御する重要な細胞内シグナル経路です。脳の発達や細胞の成熟にも深く関わっています。
(注5)グリア細胞
脳や脊髄に存在し、神経細胞とともに神経系を構成する神経細胞以外の細胞の総称です。主にオリゴデンドロサイト、アストロサイト、ミクログリアなどが含まれます。栄養や代謝の調節、情報伝達環境の維持、髄鞘形成などを担い、脳の発達や機能に関与します。
(注6)誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)
試料中に含まれる微量元素を高感度に測定する分析法です。生体試料に含まれる複数の元素を迅速に分析でき、メタローム解析(注7参照)に広く用いられます。
(注7)メタローム解析
生体内に存在する微量元素や金属元素の全体像を網羅的に調べる解析です。元素の量やバランスの変化を捉えることで、生体機能や病態との関連を明らかにします。
(注8)ADOS-2
Autism Diagnostic Observation Schedule, Second Edition の略です。自閉スペクトラム症に関連する行動特性を標準化して評価する観察検査で、社会的コミュニケーションや反復的行動などの特徴を評価します。
【詳細】 プレスリリース(PDF1,046KB)
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