多発性骨髄腫を駆動する転写スプライシング制御機構を解明 ~核酸医薬品を用いた新しい治療法の開発に期待~
(ポイント)
- 多発性骨髄腫※1の腫瘍環境因子IL-6※2が骨髄腫細胞増殖を促す新しい仕組みを発見しました。
- IL-6は、B細胞制御因子POU2AF1、ELL2を介して骨髄腫細胞特有の転写・スプライシング※3プログラムを動かしていることがわかりました。
- 今後、POU2AF1、ELL2を標的とした新しい治療法の開発に発展していくことが期待されます。
(概要説明)
熊本大学生命資源研究・支援センターの大口裕人准教授らの研究グループは、国立がん研究センター研究所がんRNA研究分野の網代将彦主任研究員、吉見昭秀分野長らの研究グループとの共同研究で、血液がんのひとつ多発性骨髄腫における腫瘍環境因子IL-6の機能を解析し、IL-6が骨髄腫細胞の生存・増殖を促す新しい仕組みを発見しました。本研究では、IL-6がB細胞転写制御因子POU2AF1およびELL2の発現を誘導すること、そして、POU2AF1、ELL2は骨髄腫細胞に特有の転写・スプライシングプログラムを動かすことで骨髄腫細胞の増殖を促していることを明らかにしました。また、POU2AF1を標的としたアンチセンス核酸※4が骨髄腫細胞の増殖を阻害することを見出しました。今後、アンチセンス核酸を用いた新しい治療法の開発に発展していくことが期待されます。本研究成果は、米国血液学会誌「Blood Advances」に令和8年4月2日(木)にFirst Edition版で公開されました。
本研究は、慶應義塾大学先端生命科学研究所の増田豪特任講師、熊本大学大学院生命科学研究部 微生物薬学講座の大槻純男教授、同大学発生医学研究所 細胞医学分野の古賀友紹講師、日野信次朗准教授、中尾光善教授、同大学大学院生命科学研究部 血液・膠原病・感染症内科学講座の河野和助教、安永純一朗教授、同大学国際先端医学研究機構 白血病転写制御分野の指田吾郎教授、同大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター 造血・腫瘍制御学分野の岡田誠治教授、同大学生命資源研究・支援センター 分子血管制御分野の南敬教授ら複数の研究グループとの共同研究です。
また、本研究は、科学研究費補助金(23K07862, 23K17431, 24K02482)、公益財団法人武田科学振興財団研究助成、公益財団法人東京生化学研究会研究助成、公益財団法人新日本先進医療研究財団助成、高松宮妃癌研究基金研究助成(18-25002)、日本血液学会研究助成、公益財団法人がん研究振興財団研究助成、熊本大学発生医学研究所トランスオミクス医学研究拠点ネットワーク形成事業、および支援事業(BINDS)(JP23ama121018)の支援を受けて行われました。
(説明)
[背景]
近年の治療法の進歩により、多発性骨髄腫の予後は著しく改善していますが、このがんの治癒は未だに難易度が高く、さらなる病態解明が必要です。多発性骨髄腫は腫瘍環境に強く依存するがんであり、腫瘍環境中の重要因子としてIL-6というサイトカインが古くから知られていました。しかしながら、IL-6がこの腫瘍の生存・増殖にどのように寄与しているのか、その詳しい仕組みは十分に理解されていませんでした。
[研究の内容と成果]
骨髄腫細胞においてIL-6下流で働いている遺伝子を網羅的に検索し、そのなかで、他のがん細胞と比べて骨髄腫細胞で必要度が高いものを選定したところ、B細胞の分化において重要な役割を果たす転写制御因子POU2AF1およびELL2がみつかりました。いずれの因子も他のがん細胞と比べ骨髄腫細胞で発現が高く、IL-6により発現が誘導されること、また、これらの遺伝子を抑制すると骨髄腫細胞の生存・増殖が低下することを明らかにしました。さらに、IL-6ヒト化マウスを用いたゼノグラフトモデル※5の解析で、これらの因子が生体内でも骨髄腫細胞の増殖に寄与していることが確認されました。
続いて、POU2AF1とELL2が骨髄腫細胞生存・増殖に寄与する分子メカニズムを検証しました。POU2AF1、あるいはELL2遺伝子をノックアウト※6した骨髄腫細胞で遺伝子発現プロファイル※7を解析したところ、ノックアウト細胞では骨髄腫細胞に特徴的とされる転写のパターンが失われていることがわかりました。また、500例を超える骨髄腫患者サンプルの遺伝子発現プロファイルを検討したところ、POU2AF1、あるいはELL2高値の群は低値の群と比べ、骨髄腫細胞に特徴的とされる転写が誘導されていることがわかりました。これらの結果は、POU2AF1とELL2が骨髄腫細胞に特徴的な転写を包括的に制御することで骨髄腫細胞を維持している可能性が示唆されました。続いて、IL-6と骨髄腫転写プログラムの関係を検証しました。IL-6はPOU2AF1とELL2の発現を誘導することと矛盾せず、IL-6刺激により、骨髄腫細胞に特徴的な転写シグネチャー※8を構成する遺伝子群へのPOU2AF1とELL2タンパク質の結合レベルは上昇し、発現レベルでも骨髄腫細胞特徴的転写シグネチャーが誘導されることがわかりました。さらに、IL-6はPOU2AF1、ELL2を介して骨髄腫細胞における選択的スプライシング制御※9を行っていることがわかりました。そして、POU2AF1は核スペックル※10の構築に関わることで骨髄腫細胞に必須なスプライシング制御因子の機能に寄与していることもわかりました。
最後に、アンチセンス核酸を用いて、POU2AF1の薬理学的な阻害を試みました。in vitro※11での検証ですが、アンチセンス核酸は骨髄腫細胞の増殖を抑制できることが示されました。今後、生体内での検証が必要ですが、POU2AF1を標的としたアンチセンス核酸医薬開発の可能性が示唆されました。
[展開]
多発性骨髄腫では、IL-6を阻害するだけでは十分な治療効果が得られません。これは、骨髄腫環境中に存在する様々な因子がIL-6の機能を補っているためと考えられます。一方で、IL-6やその他の因子が共通して支えている骨髄腫細胞生存・増殖の仕組みを阻害することができれば治療効果が得られる可能性があります。本研究により、IL-6は骨髄腫細胞特有のプログラムを動かすこと、そして、それはPOU2AF1、ELL2を介していることを明らかにしました。今後、POU2AF1、ELL2を標的とする治療法の開発に発展していくことが期待されます。
[用語解説]
※1 多発性骨髄腫:白血病、悪性リンパ腫と並ぶ3大血液がんの一つ。B細胞(免疫細胞であるリンパ球の1種)の最終分化段階である形質細胞(抗体を作る細胞)の性質を持つ腫瘍。
※2 IL-6:サイトカイン(生体内で細胞間の情報伝達を担う生理活性物質)の1種。IL-6はB細胞の分化制御因子として発見されたが、現在はそのほかにも様々な機能が知られている。
※3 転写・スプライシング:転写は、遺伝子(DNA)からRNAが合成される過程。スプライシングは、転写後のmRNA前駆体からイントロン(翻訳されない配列)を除去し、エキソン(翻訳される配列)同士を結合する反応。
※4 アンチセンス核酸:標的RNAと配列特異的に結合し、その働きを抑制または修正する人工的な核酸。
※5 ゼノグラフトモデル:異なる種に由来する細胞や組織を移植する実験モデル。本研究では、ヒト由来の骨髄腫細胞株を免疫不全マウスに移植するモデルを用いた。
※6 ノックアウト:特定の遺伝子の機能を人為的に破壊すること。
※7 遺伝子発現プロファイル:ある細胞や組織における遺伝子の発現量を網羅的に集めたデータ。
※8 転写シグネチャー: ある細胞や組織における遺伝子発現解析で見出された特徴的な遺伝子発現パターン。
※9 選択的スプライシング: 1つのmRNA前駆体からスプライシングのパターンを変えることで(エキソンの組み合わせを変えることで)、複数の異なる成熟mRNAが生成される現象。
※10 核スペックル:転写因子やスプライシング制御因子を豊富に含む核内に存在する構造体。転写やスプライシングの調節に寄与する。
※11 in vitro: 生体外で試験管や培養器等の中で行う実験。
(論文情報)
論文名:IL-6-driven POU2AF1 and ELL2 are key regulators of multiple myeloma-distinct transcriptional and splicing programs
著者:Yasuyo Ohguchi, Masahiko Ajiro, Daisuke Ogiya, Takeshi Masuda, Yawara Kawano, Shingo Usuki, Tomoaki Koga, Shinjiro Hino, Takeshi Harada, Satoru Takahashi, Seiji Okada, Jun-ichirou Yasunaga, Goro Sashida, Sumio Ohtsuki, Mitsuyoshi Nakao, Takashi Minami, Akihide Yoshimi*, Hiroto Ohguchi*
*Corresponding authors
掲載誌:Blood Advances
doi: 10.1182/bloodadvances.2025018710.
URL:https://doi.org/10.1182/bloodadvances.2025018710
【詳細】 プレスリリース(PDF320KB)
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お問い合わせ
熊本大学生命資源研究・支援センター
疾患エピゲノム制御分野
担当:准教授 大口 裕人(おおぐち ひろと)
電話:096-373-6596
e-mail:ohguchi@kumamoto-u.ac.jp
国立がん研究センター研究所
がんRNA研究分野
担当:分野長 吉見 昭秀(よしみ あきひで)
電話:03-3542-2511
e-mail: ayoshimi@ncc.go.jp