難病「ミトコンドリア病」発症の原因解明~治療薬の開発に道筋~
・ミトコンドリア病は、心臓、骨格筋や神経の機能が低下する難治性疾患であり、有効な治療薬と治療法がなかった。
・タウリンがミトコンドリアのタンパク質産生と品質維持に必須であり、その働きが低下することで細胞の損傷が起こり、ミトコンドリア病発症を誘発する一端であることを明らかにした。
・細胞の損傷を抑制してミトコンドリア病の症状を改善する化合物を見いだした。ミトコンドリア病に対する効果的な治療薬の開発が今後期待される。
JST戦略的創造研究推進事業において、熊本大学の魏 范研 准教授、東京大学の鈴木 勉 教授らの研究グループは、機能性アミノ酸の一種であるタウリンがミトコンドリア内外におけるタンパク質の産生と品質維持に重要であり、ミトコンドリア病の発症機構の一端となることを明らかにしました。さらに、特定の化学物質がタンパク質の品質を維持することでミトコンドリア病の症状を改善できることを突き止めました。
ミトコンドリアの損傷は様々な病気を誘発しますが、中枢神経症状や種々の臓器症状を引き起こすミトコンドリア病が特に知られています。ミトコンドリア病ではタウリンの働きが低下することが報告されていましたが、タウリンの働きの低下がなぜ重篤な病気を誘発するのか、その詳細な分子機構は不明でした。
本研究グループは、質量分析法や遺伝子工学など先進的な研究手法を用いて、タウリンがミトコンドリアのタンパク質合成に必須であることを明らかにしました。タウリンの働きが低下している細胞やモデルマウスを用いて調べたところ、ミトコンドリアの中ではタンパク質の産生がほぼ停止していました。その結果、ミトコンドリアで産生されるタンパク質の量が劇的に低下し、ミトコンドリアの機能や構造が崩壊しました。また、この崩壊により、ミトコンドリアの外(細胞質)で産生されてミトコンドリアに輸送される様々なタンパク質は行き場を失い、やがてこれらのタンパク質の構造が壊れて毒性の高い凝集体として細胞質に蓄積していました。さらに、この凝集体の蓄積を抑制する化合物をタウリンの働きが低下している細胞やミトコンドリア病のモデルマウスに投与したところ、凝集体による細胞毒性が低下し、ミトコンドリア病の症状を緩和することに成功しました。
以上の研究の結果は、ミトコンドリアにおけるタウリンの機能を明らかにし、タウリンの働きが低下することでミトコンドリア病が発症する仕組みを世界に先駆けて示しただけではなく、ミトコンドリア病に対する効果的な治療薬と治療法の開発に大きく寄与するものです。本研究で有効性が得られた化合物については、ミトコンドリア病の治療薬となるかを調べるための臨床研究を今後実施することを計画しています。
本研究成果は、2018年1月9日12:00ET(日本時間1月10日午前2時)に科学誌「Cell Reports」のオンライン速報版で公開されました。
<研究の背景と経緯>
ミトコンドリアは真核生物の細胞内のエネルギー工場として知られている細胞内小器官です。ミトコンドリアには全部で数千種類以上ものタンパク質が集まっており、ミトコンドリアの様々な機能維持に働いています。これらのタンパク質は、ミトコンドリアの中で産生される13種類のタンパク質、およびミトコンドリアの外(細胞質)で産生されてミトコンドリアに運ばれる数千種類のタンパク質によって構成されています。
ミトコンドリアで機能するこれらのタンパク質をコードする遺伝子に変異が生じると、中枢神経症状や種々の臓器症状を引き起こすミトコンドリア病を発症します。この病気はいまだ有効な治療薬がないため、厚生労働省によって難病指定されています。ミトコンドリア病の発症頻度は10万人に9〜15人程度で、幼児から発症する場合も多くあります。ミトコンドリア病には様々なタイプがありますが、MELASやMERRF(注1)と呼ばれるタイプのミトコンドリア脳筋症が多いことが知られています。MELASやMERRFを発症すると、全身の筋力低下や心臓機能の低下といった症状が見られ、発症後数年のうちに多くの方が亡くなられます。
MELASやMERRFが発症する仕組みは不明ですが、機能性アミノ酸の1つであるタウリン(注2)が関与していることが報告されています。以前、本研究グループの鈴木教授が、ミトコンドリアの中でタウリンがtRNA(注3)という分子と結合していること(図1参照)、またMELASやMERFFの患者でタウリンとtRNAの結合が低下していることを発見しています。しかし、タウリンの働きの低下がなぜこれほど重篤な病気を誘発するのか、その詳細な分子機構は不明でした。
<研究の内容>
MELASやMERRFなどのミトコンドリア病の原因を解明するために、魏 准教授を中心とする本研究グループは、まずタウリンをtRNA分子に結合させる酵素を同定しました。次に、その酵素が働かないようにした時、ミトコンドリアがどのようになるかを調べたところ、予想通りミトコンドリアの中でタウリンがtRNAと結合できなくなりました。その結果、ミトコンドリアの中でのタンパク質の産生がほぼ停止し、ミトコンドリアで産生されるタンパク質の量が劇的に低下しました。これらの結果から、タウリンは、ミトコンドリアでのタンパク質合成に必須であることがわかりました。
ミトコンドリアの中で産生されるタンパク質は、エネルギー産生装置の部品として機能するだけでなく、ミトコンドリアの構造(注4)を維持する部品としても働きます。本研究グループはタウリンの働きが低下しているミトコンドリアを調べたところ、ミトコンドリアの膜構造が崩壊していることを見いだしました。そのため、ミトコンドリアの中で産生されるタンパク質だけではなく、ミトコンドリアの外で産生されミトコンドリアに輸送される様々なタンパク質がミトコンドリアに局在できなくなりました。そして、これらのタンパク質は行き場を失い、やがてタンパク質の構造が壊れてしまい、毒性の高い凝集体として細胞質に蓄積していました(図1参照)。以上の結果から、ミトコンドリアの中でタウリンの働きが低下すると、ミトコンドリアの中だけでなく、ミトコンドリアの外でも異常タンパクが蓄積して細胞障害を引き起こすことが、MELASやMERRF患者で生じる病状の原因の1つであることが示唆されました。
次に本研究グループは、「異常タンパク質凝集体の蓄積を抑制すれば、細胞毒性を軽減できるのではないか」という仮説を立て、さらに研究を進めました。近年、異常タンパク質凝集体の蓄積を抑制する候補化合物が開発され、その中の1つにTUDCA(タウロウルソデオキシコール酸)というものがあります。TUDCAは二次胆汁酸として体内に元々ある物質ですが、体内の存在量が非常に少ないことが知られています。タウリンの働きが低下している細胞にTUDCAを投与すると、凝集体がほとんど消失し、細胞のストレスが低下しました(図3参照)。本研究グループは、タウリンの働きが低下しているミトコンドリア病モデルマウスにもTUDCAを投与しました。その結果、この疾患モデルマウスでも細胞障害が改善されました。
以上の研究の結果は、ミトコンドリアでのタウリンの機能を解明し、またタウリンの機能低下によるミトコンドリア病発症の仕組みを世界に先駆けて示しただけではなく、ミトコンドリア病に対する効果的な治療薬と治療法の開発に大きく寄与するものです。
<今後の展開>
今回の研究は、MELASやMERRFなどタウリンの機能低下によるミトコンドリア病に対する治療薬の開発につながります。細胞やモデル動物で有効性が示されたTUDCAは、イタリアなどヨーロッパで肝疾患の治療薬として使用されており、医薬品としての安全性が確かめられています。今後は、TUDCAがMELASやMERRFなどのミトコンドリア病の治療薬となるかを調べるための臨床研究を実施することを計画しています。
また、MELASやMERRF以外のミトコンドリア病や様々な疾患においても、タウリンの働きが二次的に低下するという同様な分子機構で発症する可能性が考えられます。今後は、ミトコンドリア機能低下を示す様々な疾患についてもタウリンの働きを調べ、TUDCAの効果を検討していきたいと考えています。
<用語解説>
注1 MELAS、MERRF:ミトコンドリア脳筋症・乳酸アシドーシス・脳卒中様発作症候群(MELAS)および赤色ぼろ線維・ミクローヌスてんかん症候群(MERRF)の略。
注2 タウリン:タウリンは機能性アミノ酸の一種として知られ、タンパク質の構成成分ではないが、抗酸化作用など様々な生理作用を有する物質である。タウリンは、栄養ドリンクに添加されることもある物質として知られている。
注3 tRNA:運搬RNA(transfer RNA)の略で、遺伝子の設計図を読み取り、設計図通りにアミノ酸を運ぶ分子である。
注4 ミトコンドリアの構造:ミトコンドリアは内膜と外膜という2層の膜によって囲まれている細胞内小器官で、それぞれの膜に数百種類以上のタンパク質が局在している。
【論文名】
”Defective mitochondrial tRNA taurine-modification activates global proteostress and leads to mitochondrial disease”
(ミトコンドリアtRNAのタウリン修飾欠損は異常タンパク質の蓄積を介してミトコンドリア病を誘発する)
【著者名】
Md Fakruddin, Fan-Yan Wei, Takeo Suzuki, Kana Asano, Takashi Kaieda, Akiko Omori, Ryoma Izumi, Atsushi Fujimura, Taku Kaitsuka, Keishi Miyata, Kimi Araki, Yuichi Oike, Luca Scorrano, Tsutomu Suzuki, and Kazuhito Tomizawa
【掲載雑誌】
Cell Reports
【DOI】
DOI:http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2017.12.051
【詳細】
プレスリリース本文
(PDF319KB)
熊本大学 大学院生命科学研究部 分子生理学分野
魏 范研(ウェイ ファンイェン)
Tel:096-373-5051
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<JSTの事業に関すること>
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