肝障害の悪化に“免疫細胞の鉄”が関与―治療法開発に新たな視点―
【本研究成果のポイント】
・CD11c+骨髄系免疫細胞における鉄の過剰蓄積が、アセトアミノフェン誘導性肝障害を著しく悪化させることを明らかにしました。
・鉄代謝制御酵素FBXL5をCD11c+細胞で欠損させたマウスモデルを用い、免疫応答や肝傷害の変化を詳細に解析しました。
・鉄過剰によりIL-6の産生が亢進し、好中球の肝臓への浸潤を促進することで炎症と組織障害が増悪する新たな病態機構を解明しました。
・免疫細胞内の鉄の代謝を標的とすることで、薬剤性肝障害を含む炎症性疾患に対する新たな治療戦略となる可能性を示しました。
【概要説明】
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所 細胞動態学分野の諸石寿朗教授、熊本大学 分子薬理学講座 金森耀平助教、刘赛赛博士課程学生らの研究チームは、CD11c+(用語1)骨髄系免疫細胞における鉄の過剰が、アセトアミノフェン(用語2)による急性肝障害を悪化させることを明らかにしました。
本研究では、細胞の鉄調節に重要な役割を果たす遺伝子FBXL5(用語3)を、CD11c+骨髄系免疫細胞に特異的に欠損させたマウスを作製し、鉄過剰状態にある免疫細胞が肝障害の病態進行に及ぼす影響を解析しました。その結果、FBXL5欠損マウスでは炎症性サイトカインIL-6(用語4)の発現が著しく上昇し、好中球(用語5)の肝内への浸潤が顕著に認められました。これに伴い、肝炎症状が悪化し、死亡率も増加しました。さらに、IL-6中和抗体を投与することで肝障害の軽減が確認され、IL-6が病態悪化において重要な役割を果たすことが示されました。
アセトアミノフェン中毒による急性肝障害は、進行すると命に関わる肝不全を引き起こすことがあります。これまで免疫細胞の関与は知られていたものの、鉄代謝がその機能に与える影響については十分に明らかにされていませんでした。本研究は、鉄が免疫応答を促進し、炎症を悪化させる仕組みを解明したものです。今後は、免疫細胞内の鉄制御を標的とした新たな肝保護療法の開発が期待されます。
本成果は、東京科学大学 制がんストラテジー研究室との共同研究によって得られ、10月21日(現地時間)付で「Communications Biology」誌に掲載されました。
- 付記
本研究成果は日本学術振興会(23K18098, 24H00864, 24H00865, 22K15396, 24K10094)、科学技術振興機構(JPMJFR226J)、加藤記念バイオサイエンス振興財団の支援を受けて実施したものです。
【参考文献】
- 1016/j.cld.2013.07.001
- 1038/nrgastro.2015.200
- 1038/nri3771
【用語説明】
- CD11c:主に樹状細胞や一部のマクロファージなど、骨髄系免疫細胞に発現する分子で、免疫応答において司令塔のような役割を果たす。
- アセトアミノフェン:解熱鎮痛薬。過剰に摂取すると肝障害を引き起こす可能性がある。
- FBXL5:細胞内の鉄濃度を感知し、過剰な鉄の蓄積を防ぐ働きを持つ酵素。この酵素が機能しないと、細胞内に鉄が過剰に蓄積する。
- IL-6:炎症時に産生されるサイトカインで、好中球の動員や免疫応答の悪化に関与する。
- 好中球:感染や炎症部位に素早く集まり、病原体や壊死組織の除去する免疫細胞。過剰に活性化されたり、炎症部位に過剰に集積したりすると、炎症の悪化や組織障害を引き起こす可能性がある。
- ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ):肝臓が障害を受けた際に血中で増加する酵素で、肝機能を評価する代表的な血液検査項目。
- NF-κB:炎症性遺伝子の発現を調節する転写因子で、免疫応答において中心的な役割を担う。
【論文情報】
掲載誌:Communications Biology
論文タイトル:Iron overload in CD11c+ myeloid cells exacerbates acetaminophen hepatotoxicity
著者:Saisai Liu, Yohei Kanamori, Yudai Ohta, Shuran Li, Yanliang Liu, Hao Li, Mohamed Fathi Saleh, Akihiro Nita, Keiichi I. Nakayama, Toshiro Moroishi
DOI:10.1038/s42003-025-08521-x
【詳細】 プレスリリース(PDF497KB)
![]()
お問い合わせ
熊本大学 大学院生命科学研究部 分子薬理学講座
担当:(助教) 金森 耀平
Email: kanamori@kumamoto-u.ac.jp
TEL: 096-373-5173 FAX: 096-373-5313