卵子の染色体接着を長期間維持する新因子OMC1を発見 ―卵子老化に伴う女性の生殖寿命を支える分子機構の解明へ―
千葉大学大学院医学研究院/次世代in vivo研究探索センター(cNIVR)の石黒啓一郎教授、島田龍輝講師、同大大学院医学薬学府の飯阪早希絵氏、理化学研究所生命機能科学研究センターの北島智也副センター長兼チームディレクター、吉田周平技師らの研究チームは、卵子が長期間にわたり染色体の結合を維持するために必要な新規タンパク質OMC1(Oocyte Meiotic Chromosome protein 1)注1)を発見しました。OMC1は、姉妹染色分体(以下、染色体)をつなぎとめるREC8コヒーシン注2)とよばれるタンパク質とともに卵子の染色体上に存在し、REC8コヒーシンの減少を防ぐ働きを担います。OMC1を欠損したマウスでは、若い卵子でも加齢卵子に似た染色体接着の低下と染色体分配異常が生じました。今後、卵子老化と女性の生殖寿命を支える分子機構の解明につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年10月29日(現地時間)に学術誌Nature Agingで公開されました。
(論文はこちら:10.1038/s43587-026-01245-5)
■研究の背景
女性の年齢が高くなるにつれて、ダウン症候群などの染色体疾患のリスクが上昇する背景には、卵子の加齢に伴う染色体の接着低下が関係しています。卵子では胎児期に減数分裂が開始され、排卵までの休眠期間があり、加齢とともに長くなります(図1)。その間に染色体を繋ぎとめるREC8コヒーシンが減少することで、染色体分配の異常が生じやすくなるのですが、長期間にわたり卵子の染色体接着が維持される仕組みは、これまで明らかになっていませんでした。
■研究成果のポイント
- 卵子の染色体上でREC8コヒーシンと共局在する新規タンパク質OMC1をマウスで発見した。OMC1は胎児期から排卵まで染色体上に存在し、染色体をつなぎとめるREC8コヒーシンを保護することが明らかになった(図2)。
- OMC1を欠損した卵子では、若齢でもREC8コヒーシンが減少し染色体接着が弱まる結果、加齢卵子に似た染色体の早期分離が増加した。一方、卵子への人工的なOMC1の再導入により、この異常は改善された。
- マウスOMC1に相当するヒト遺伝子はCCDC201注4)と呼ばれ、早期閉経に関連する遺伝子変異が報告されている。この変異をマウスで再現するとREC8コヒーシンを維持する機能が失われたことから、CCDC201の機能低下がヒトの生殖寿命の短縮に関与する可能性が示された。
■今後の展望
今回、OMC1の発見により、卵子老化を単なる時間経過による受動的な劣化としてではなく、染色体を長期間守る維持機構の破綻という観点から捉える道が開かれました。卵子の染色体接着を加齢による低下から守る仕組みの一端を明らかにできたことは、出産年齢の高齢化が進む現代社会において大きな意義をもつと考えています。
今後は、OMC1がREC8コヒーシンをどのような仕組みで染色体上に保持するのか、さらに、この機構がヒトの卵子老化や早期閉経の個人差にどの程度関与するのかを明らかにしたいと考えています。将来的には、加齢に伴う卵子の質低下を抑制する新たな生殖医療や不妊治療への応用につながる可能性が期待されます。
■用語解説
注1)OMC1:本研究において、マウスの解析により発見した、卵母細胞の減数分裂染色体に特異的に働く新しいタンパク質。これをOMC1(Oocyte Meiotic Chromosome protein 1)と命名した。生物種によって名称が異なることがある。
注2) REC8(レックエイト)コヒーシン:複製された姉妹染色分体をつなぎ止めるタンパク質複合体。REC8コヒーシンは、胎児期に卵母細胞の染色体上に配置された後、新たに補充されないため、加齢に伴いREC8コヒーシンは減少し、姉妹染色分体の接着が弱まることが知られている。このため、染色体分配にエラーが頻発して、染色体数異常をもつ卵子が生じやすくなり、不妊や流産、ダウン症候群をはじめとする染色体疾患リスクが高まる。
注3)減数分裂:精子や卵子をつくるための特殊な細胞分裂。DNA複製後に2回の染色体分配が起こり、染色体数が半減する。卵子では胎児期に減数分裂が開始され、途中で止まって休眠状態に入る。
注4)CCDC201:マウスのOMC1に相当するヒトの遺伝子。ヒト卵子における染色体接着の維持や、加齢・早期閉経の個人差に関与している可能性が示唆されている。
■論文情報
タイトル:Oocyte-specific OMC1 is required for maintaining chromosome cohesion through reproductive life
著者:Sakie Iisaka, Shuhei Yoshida, Ryuki Shimada, Tappei Mishina, Sayoko Fujimura, Manami Koshiguchi, Ryuichi Kimura, Shinya Oki, Kimi Araki, Tomoya S. Kitajima, Kei-ichiro Ishiguro
雑誌名:Nature Aging
DOI:10.1038/s43587-026-01245-5
■研究プロジェクトについて
文部科学省・日本学術振興会科学研究費助成事業、AMED-PRIME、三菱財団、内藤記念科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、上原記念生命科学財団、武田科学振興財団などの支援を受けて実施。
■研究の背景
女性の妊娠する力(妊孕性)は加齢とともに低下する傾向にあります。その大きな原因の一つが、卵子の染色体数が異常になる「異数性」注5)です。異数性は、不妊や流産だけでなく、ダウン症候群などの染色体疾患の原因にもなります。私たちの体の細胞は通常の細胞分裂で増えますが、卵子や精子は「減数分裂」という特別な細胞分裂によって作られます。このとき、染色体を正しく半分ずつ分けることがとても重要です。しかし、卵子は精子とは大きく異なる運命をたどります。精子は思春期以降、生涯にわたって新しく作られ続けます。一方、卵子は母親のおなかの中にいる胎児の時期に作られ、その後は減数分裂を途中で止めたまま長い休眠状態(ディクチエート期注6))に入ります。この休眠期間がマウスでは数か月、ヒトでは30~40年以上に及ぶこともあり、排卵のときに初めて減数分裂を再開します。
この長い休眠期間の間も、卵子は染色体を正しい状態に保ち続けなければなりません。そのために重要なのが、REC8コヒーシンです。REC8コヒーシンは染色体をつなぎ止める「接着剤」のような役割を担っていますが、休眠中に新しく補充されることはありません。つまり、胎児期に作られたREC8コヒーシンを何十年もの間、使い続ける必要があります。
加齢とともにREC8コヒーシンが減少すると、染色体をつなぎ止める力が弱くなり、染色体が正しく分配されなくなります。その結果、卵子の異数性が増え、不妊や流産、染色体疾患のリスクが高まります。しかし、これらの「長寿命タンパク質」であるREC8コヒーシンが、どのように何十年も機能を保っているのか、その仕組みはほとんど分かっていませんでした。
■研究の成果
研究チームは、長期間休眠する卵母細胞だけで働く染色体保護因子が存在すると考え、その探索を行いました。まず、雌マウス胎児期卵母細胞と雄マウスの生殖細胞の一細胞RNAシークエンスデータを比較し、さらに減数分裂開始が遅れるSTRA8変異マウスのデータを組み合わせることで、卵母細胞が長期休眠へ移行する時期に特異的に働く遺伝子を探索しました。その結果、これまで機能が分かっていなかった遺伝子を発見しました。この遺伝子は胎児期後半の卵母細胞で強く発現し、雄の生殖細胞や体のほかの組織ではほとんど発現していませんでした。研究チームは、このタンパク質が卵母細胞の染色体上に存在することから、OMC1(Oocyte Meiotic Chromosome protein 1)と命名しました。
詳しく調べたところ、OMC1はREC8コヒーシンと重なるように染色体上に局在し、休眠中の卵母細胞だけでなく、減数分裂が再開した後の卵子でも染色体上に存在していました。OMC1を欠損させたマウスでは、胎児期の卵子形成にはほとんど異常はありませんでした。しかし、出生後に卵母細胞が長期休眠へ入ると、染色体上のREC8コヒーシンが通常より早く減少しました。このことから、OMC1はREC8コヒーシンを新しくつくるのではなく、染色体上につなぎ止めて守る働きをしていることが分かりました。
さらに、成熟したOMC1欠損卵子では、染色体上のREC8コヒーシンが減少し、染色体同士の接着が弱くなっていました。その結果、若いマウスであっても卵子で染色体が予定より早く分離する異常が起こりました。この異常は、加齢した卵子でみられる代表的な染色体異常とよく似た現象です。
一方、OMC1を欠損した卵子にOMC1 mRNAを導入すると、染色体上のREC8コヒーシン量が回復し、染色体分配異常も大きく改善しました。逆に、正常な卵子からOMC1だけを急速に取り除くと染色体分配異常が増加し、再びOMC1を導入すると異常は改善しました。これらの結果から、OMC1は長期間の休眠中だけでなく、減数分裂が再開した後もREC8コヒーシンを守る重要な役割を担っていることが明らかになりました。
さらに、ヒトにもOMC1と同じ役割をもった遺伝子があります。OMC1に相当するCCDC201には、早期閉経の病気と関連する遺伝子変異が報告されています。この変異に相当するマウスのOMC1では染色体に結合できず、染色体異常を改善することもできませんでした。また、OMC1欠損マウスでは加齢とともに産仔数も減少しました。これらの結果は、ヒトでもCCDC201の機能低下が生殖寿命の短縮に関わる可能性を示しています。
■今後の展望
本研究により、OMC1は卵子特異的にREC8コヒーシンの消耗に対抗し、胎児期から成体期まで染色体接着を維持する保護因子であることが示されました。OMC1を失うと、若い卵子でも加齢卵子に似た染色体接着低下と分配異常が起こります。したがってOMC1は、加齢そのものを止める因子というより、卵子の「染色体寿命」を延ばす維持因子と位置づけられます。
今後は、OMC1がREC8コヒーシンと直接相互作用するのか、既知のコヒーシン制御経路を介して働くのか、また休眠中にOMC1自身がどのように維持されるのかを解明する必要があります。さらに、ヒト卵子におけるOMC1/CCDC201の機能や、卵子老化・早期閉経の個人差との関連を検証することが重要です。成体卵子へのOMC1導入は接着異常を部分的に抑制しましたが、すでに失われたREC8コヒーシンを再構築するものではありません。将来的な生殖医療への応用が期待されますが、有効性と安全性の慎重な検討が必要です。
■用語解説
注5)異数性:細胞が正常とは異なる本数の染色体をもつ状態。卵子の異数性は不妊、流産、染色体疾患の原因となる。
注6)ディクチエート期:卵母細胞が減数第一分裂前期の途中で長期間休眠する時期。ヒトでは数十年間続く場合がある。
【詳細】 プレスリリース(PDF1,421KB)
※各図、別紙等は上記PDFよりご覧ください。
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