マウスは進化の過程で遺伝子治療薬として働くRNAを獲得していたことを解明~ヒトの遺伝病を治療できる人工RNAの開発に期待~

【ポイント】

  • マウスは自身のRNAを遺伝子治療薬のように使い多数の遺伝子変異を無毒化していることを発見。
  • このRNAは遺伝子変異となる部分をmRNAに取り込まれないようにすることで無毒化を実現。
  • この仕組みを利用してヒトの遺伝病の異常エクソンを長期に渡って無毒化することが可能。



【研究の内容】

 北海道大学大学院薬学研究院の中川真一教授と摂南大学の芳本 玲講師らの研究グループは、発見以来40年以上、機能が不明だったマウスのRNA(4.5SH RNA)の、新たな役割を発見しました。
マウスのゲノムDNAには正常なmRNA*1を作る上で不具合となり得る配列が多数存在しています。それらがmRNAに取り込まれると致死性の遺伝病の原因となりますが、4.5SH RNAにはそれらを一括して無毒化する、解毒剤のような働きがありました。つまり、マウスは進化の過程で、いわば天然の遺伝子治療薬を獲得していたことになります。更に、4.5SH RNAは二つのモジュールから構成されていることも分かりました。一つは異常な配列を見つけるためのセンサーの役割を、もう一つは異常な配列がmRNAに取り込まれないようにするためのツールを連れてくる役割を果たしています。この発見は、このセンサー部分を変更することにより、特定の遺伝子変異のみを認識する新しい遺伝子治療薬を開発できる可能性を示唆しています。これが実現すれば、遺伝病を引き起こす変異を長期的に無毒化する新しい遺伝子治療の道が開かれるかもしれません。
なお、本研究成果は、日本時間2023年12月14日(木)午前1時公開のMolecular Cell誌に掲載される予定です。




【展開】

 今回の研究によって、進化の過程で生まれた、遺伝病の原因となり得るレトロトランスポゾン由来の配列に対して、マウスがどのように対処してきたのか、その一端を明らかにすることができました。SINE B1は、mRNAの中に取り込まれて致死性の変異を生み出し得る、大変危険な存在です。実際、類似の配列がmRNAに取り込まれることが原因となる、ヒトの遺伝病も複数知られています。この問題に対抗するために、マウスは、4.5SH RNAという特別なRNAを使っています。いわば、マウスは4.5SH RNAという遺伝子治療薬を自ら作り出すことで、遺伝病になるのを防いでいたのです。
研究グループは、この驚くべき自己防衛メカニズムを、ヒトの遺伝病治療に応用できるのではないかと期待しています。実際、異常配列をmRNAに取り込まれないようにすることで治療が可能な遺伝病が存在しており、現在、そのような活性を持つアンチセンス核酸と呼ばれる核酸医薬よる治療が注目を集めています。しかしながら、核酸医薬は合成にコストがかかるうえ、頻繁な維持投与が必要となり、患者さんへの負担も大きくなります。今回、研究グループが開発したキメラRNAは遺伝子治療用のウイルスベクターを用いて細胞自身に作らせることが可能であり、アンチセンス核酸と比較して長期に渡る効果が期待できます。今後、動物モデルを用いて、我々のキメラ分子が個体レベルで遺伝性疾患の治療に使えるかどうかを検証してゆく予定です。




【用語解説】

※1 mRNA … タンパク質を作るための情報を運ぶ分子。ゲノムDNAから転写されて作られる。mRNAとなる部分はゲノムDNA上では分断して存在しており、それらがつなぎ合わされることで成熟したmRNAが作られる。



【論文情報】

論文名 4.5SH RNA counteracts deleterious exonization of SINE B1 in mice(4.5SH RNA はマウスにおいてSINE B1 の有害なエクソン化と拮抗している)
著者名 芳本 玲1、中山雄太2、野村郁子2、山本育子2、中川夢花1、田中茂幸1、栗原美寿々2、鈴木 雄3、小林武彦3、小塚-秦 裕子4、尾山大明4、水戸麻理5、岩崎信太郎5,6、山崎智弘7、廣瀬哲郎7,8、荒木喜美9, 10、中川真一2(1摂南大学農学部応用生物科学科、2北海道大学大学院薬学研究院、3東京大学定量生命科学研究所、4東京大学医科学研究所、5理化学研究所開拓研究本部、6東京大学大学院新領域創成科学研究科、7大阪大学生命機能研究科、8大阪大学先導的学際研究機構、9熊本大学生命科学研究部附属健康長寿代謝制御研究センター、10熊本大学生命資源研究・支援センター)
雑誌名 Molecular Cell(分子生物学の専門誌)
DOI 10.1016/j.molcel.2023.11.019
公表日 日本時間2023年12月14日(木)午前1時(米国東部時間2023年12月13日(水)午前11時)(オンライン公開)

【詳細】 プレスリリース(PDF999KB)

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