骨格筋の発育と再生メカニズムに性差ありーエストロゲン受容体βの機能的重要性を解明ー

【ポイント】

  • 本研究グループは,これまでに女性ホルモンであるエストロゲンが骨格筋の発育・発達や再生に重要であることを明らかにしてきましたが,その作用機序は不明でした。
  • 今回,その作用機序として,筋線維や筋幹細胞に発現するエストロゲン受容体β(ERβ)を同定しました。
  • 今後,ERβやその下流シグナルを標的にすることで,サルコペニアなどの筋脆弱症の病態解明と予防治療への応用を目指します。

【概要説明】

 私たちの筋肉(骨格筋)は生後,発育・発達し,成人になると運動習慣等によってその大きさや質が変化します。また,骨格筋は激しい運動や打撲等により損傷しますが,内在する筋幹細胞の働きにより再生することができます。骨格筋を生涯にわたって健常に維持することは健康寿命延伸のカギを握ることから,骨格筋に関する研究は近年,急速に進んでいます。しかし,これまでのほとんどの基礎研究は雄性動物を対象にしたものであり,性差についてはあまり考慮されていませんでした。女性ホルモンであるエストロゲン*1は,さまざまな組織の恒常性維持に重要な役割を担っています。近年の疫学調査により,血中エストロゲンレベルの減少と筋力低下の関連が指摘されていますが,その作用機序については,よくわかっていません。

 今回,熊本大学 発生医学研究所 筋発生再生分野の瀬古大暉 特別研究学生(長崎大学大学院生)は,小野悠介准教授、筑波大学の藤田諒助教,長崎大学の北島百合子講師,愛媛大学の今井祐記教授とともに,エストロゲンの受容体の1つであるエストロゲン受容体β(ERβ)に着目し,筋線維特異的または筋幹細胞特異的ERβ遺伝子欠損マウスを作出し,解析しました。その結果,ERβの機能が阻害された雌性マウスは,骨格筋の発育・再生に異常が観察されました。この異常は雄性マウスではみられないことから,エストロゲンとその下流シグナルは女性特有の筋発育・再生メカニズムになると考えられます。本研究により,エストロゲンの作用機序を調べERβやその下流シグナルの標的を明らかにしたことで,加齢にともなう筋萎縮(サルコペニア2)を含む様々な筋脆弱症に対する予防治療開発への展開が期待されます。

 本研究成果は,国際幹細胞学会の学会誌Stem Cell Reportsのオンライン版に令和2年8月21日 (日本時間) に掲載されました。

 本研究は,AMED(再生医療実現拠点ネットワークプログラム幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム,難治性疾患実用化研究事業),JSPS科研費,武田科学振興財団, 上原記念生命科学財団,神澤医学研究振興財団,明治安田厚生事業団の助成を受け実施されました。

【今後の展開】

 本研究はエストロゲンとその下流シグナルによる女性特異的な骨格筋制御メカニズムの一端を明らかにし,これからの筋研究に性差の視座を取り入れることの重要性を指摘しました。女性アスリートにおいて過酷なトレーニングや過度なダイエット等により誘発される無月経は,女性アスリートの3主徴*3の1つとして世界的に問題になっています。本研究による動物実験の所見を直接ヒトに応用することはできませんが,無月経におけるエストロゲンの減少は,筋線維や筋幹細胞のERβ活性を抑制し,運動パフォーマンスの低下に加えスポーツ障害からの回復の遅延を招く可能性があるため,女性アスリートにとって極めて不都合な状態に陥る危険性を示唆しています。また本研究から女性特有の筋老化のメカニズムにERβの関連が見出されました。最近では培養細胞系でエストロゲンシグナルを増強すると顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの病態を緩和できる可能性が報告されています。今後,本研究グループはERβやその下流シグナルを標的としたサルコペニアや筋ジストロフィーの病態解明と治療開発へ展開していく予定です。

【用語解説】

※1.エストロゲン:コレステロールから生成されるステロイドホルモンの1種。エストロン (E1),エストラジオール (E2),エストリオール (E3)の3種類がある。閉経まで卵巣でつくられるE2は生理活性が高く,エストロゲンとしての主要な効果を担う。若齢でも過酷なトレーニングや過度なダイエット等により栄養不足に陥ると無月経になり生成が低下する。

※2.サルコペニア:加齢にともなう筋力・筋量減少症。80歳以上の後期高齢者の2人に1人は罹患していると推定されている。介助の必要のない自立した生活を送るために,サルコペニア発症の予防改善策を見出すことは喫緊の課題である。

※3.女性アスリートの3主徴:アメリカスポーツ医学会が提言した女性アスリートにみられる「利用可能なエネルギー不足」,「無月経」,「骨粗鬆症」を指す。長距離選手や審美性を競う新体操あるいはフィギュアスケート選手に多く認められる。

【論文情報】
● 論文名:Estrogen receptor β controls muscle growth and regeneration in young female mice (エストロゲン受容体βは若齢雌マウスにおける骨格筋の成長と再生を制御する)

● 著者名:瀬古大暉1),2), 藤田諒2),3),4)#, 北島百合子2), 中村晃大1), 今井祐記5), 小野悠介1),2),6)*

所属:1)熊本大学 発生医学研究所 筋発生再生分野

   2)長崎大学 医歯薬学総合研究科

   3)マギル大学 人類遺伝学分野

   4)筑波大学 トランスボーダー医学研究センター  再生医学分野

   5)愛媛大学 プロテオサイエンスセンター 病態生理解析部門

   6)熊本大学 大学院生命科学研究部附属 健康長寿代謝制御研究センター

   #第一著者,*責任著者

● 掲載雑誌:Stem Cell Reports

● DOI: 10.1016/j.stemcr.2020.07.017

【詳細】

● プレスリリース(PDF 957KB)

お問い合わせ  

熊本大学発生医学研究所 筋発生再生分野

担当:准教授 小野 悠介
電話:096-373-6601
e-mail:ono-y※kumamoto-u.ac.jp

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