ヌクレオカプシドタンパク質の変異が オミクロンXEC 変異株の病原性を高めることを解明 ~新型コロナウイルスの病原性進化に関する新たな分子基盤を提示~
【概要】
九州大学大学院医学研究院の福原崇介教授、田村友和准教授、辻野修平特任助教、北海道大学、東京科学大学総合研究院難治疾患研究所、東京大学医科学研究所、研究コンソーシアム「The Genotype to PhenotypeJapan (G2P-Japan) Consortium」※3 らの研究グループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)XEC 変異株について、そのウイルス学的特性を多角的に解析し、ヌクレオカプシドタンパク質に生じた変異が、病原性の増強に寄与することを明らかにしました。
XEC 変異株は、2 種類のオミクロンJN.1(以下、JN.1)変異株系統の子孫株同士の組み換え現象によって2024 年8 月ごろに出現し、2025 年初頭にかけて世界的に流行した変異株です。XEC 変異株は直前の流行株よりも高い実効再生産数※4 を示すことが報告され、世界保健機関(WHO)により「監視下の変異株(VUM)」※5 に分類されていますが、そのウイルス学的特性やそれらを規定する変異は明らかになっていませんでした。
本研究ではまず、数理モデルを用いた解析により、XEC 変異株の急速な拡大には主としてスパイクタンパク質※6 の変異が寄与していることを示しました。さらに、XEC 変異株を祖先株であるJN.1 変異株と比較した解析から、抗ウイルス薬に対する感受性や培養細胞・オルガノイド※7 での増殖能には大きな差がない一方で、ハムスターモデルではXEC 変異株がJN.1 変異株より高い病原性を示すことを明らかにしました。
そこで病原性増強の要因を解明するため、点変異※8 を導入した遺伝子組換えウイルス※9 を用いた解析を行った結果、ヌクレオカプシドタンパク質のR204P 変異が病原性に関与していることを突き止めました。さらに、構造予測および分子生物学的解析から、この変異がNF-κB 経路※10 を介した炎症反応を亢進することで、病原性増強に寄与していることを明らかにしました。本研究成果は、新型コロナウイルスの進化と病原性を理解する上で、スパイクタンパク質だけでなく非スパイクタンパク質の役割にも着目することの重要性を示すものであり、今後の変異株の進化予測や病原性評価に資する知見となることが期待されます。
本研究成果は、2025 年12 月14 日(日)付で国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。
【研究の背景と経緯】
ウイルス感染症の制御が困難である要因の一つは、ウイルスが様々に 変 異しながら進化を続ける点にあります。
新型コロナウイルス( SARS-CoV-2)も、流行の過程で多様な変異株を生み出し、感染力や免疫逃避能、病原性の異なる系統が次々と出現してきました。 新型コロナウイルス の研究を通し、ウイルスの進化と流行の原理を理解することができれば、新型コロナウイルス感染症( COVID-19)だけでなく、将来のパンデミックを含めた様々な感染症の制御に繋がる知見 が 得られます。
XEC変異 株 は 2種類の JN.1変異 株 系統の子孫株同士の組み換え 現象 によって 2024年 8月ごろ出現し、 2024年から 2025年の冬季に 世界中で流行しました。 XEC変異 株 は直前の流行株であった KP.3.1.1変異 株 よりも高い実効再生産数 を示すことが報告されています。また 、 世界保健機関( WHO)により 「監視下の変異株( variants under monitoring; VUM)」 に分類されています。 しかし、 XEC変異 株 のウイルス学的特性やそれらを規定する変異については不明でした。
【研究の内容と成果】
研究グループはまず 、 XEC変異 株 が世界中で流行した要因を明らかにするため、数理モデルを用いてウイルス変異とヒト集団での 実効再生産数 との関係を推定する解析を行いました。解析の結果、 XEC変異 株 の急速な拡大にはスパイクタンパク質の変異が寄与することが明らかになりました 図 1 。また、 XEC変異 株 をその祖先株である JN.1変異 株 と比較することによって、そのウイルス学的性状の解明に取り組みました。 抗ウイルス薬に対する感受性、 培養細胞およびオルガノイドでの増殖能は 、 XEC変異 株 と JN.1変異 株 の間で有意な差 が 認め られ ませんでした。一方で、ハムスターモデルを用いた感染実験により XEC変異株 の病原性を評価したところ、 XEC変異 株 の病原性 が JN.1よりも高いことが明らかになりました。そこでウイルス 強 毒化のメカニズムを解明するため、 点変異 を持つ 遺伝子 組換えウイルス を作出し、病原性試験を行 いました。その結果、ヌクレオカプシドタンパク質の R204P変異が病原性に関与していることを突き止めました 図2 。最後に、そのメカニズムを明らかにするため、 新型コロナウイルス のヌクレオカプシドタンパク質 が NF-κκB経路の シグナル伝達を抑制する機能 に着目しました。構造予測により 、 R204P変異を有するヌクレオカプシドタンパク質は全体構造が変化 し 、その機能 が阻害されることが示唆されました。そこで さら に 解析を行ったところ、R204P変異 が NF-κκBプロモーター活性を促進し、 そ の 制御 下にある 炎症性サイトカインの発現を上昇させることが明らかとなりました。
【今後の展開】
本研究の結果 は、新型コロナウイルスの進化がスパイクタンパク質中心から、非スパイクタンパク質も含めた複合的な変化へと移行しつつある可能性を 示唆 して います。 これまでの 新型コロナウイルス の進化 では、スパイクタンパク質の変異がウイルスの性質を大きく左右してきました。 しかし 、近年の研究から、スパイク タンパク質の 変異による進化の余地が限界に近づきつつある可能性も示唆されています。そのため、スパイク タンパク質以外のウイルスタンパク質が病態に与える影響を理解することが、今後の重要な研究課題 です 。 また 、 これらの知見は、 今後出現する変異株のリスク評価や、病原性を考慮した感染症対策の立案において、重要な基礎情報となることが期待されます。
G2P-Japanは、 新型コロナウイルス の進化・流行動態を つかさど る原理の解明に関する研究 および 出現が続く様々な変異株について、ウイルス学的特性の解析や中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性の研究に取り組んでいます。 G2P-Japanでは今後も 新型コロナウイルス の変異( Genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響( Phenotype)を解明するための研究を推進します。
【用語解説】
(※1) オミクロン( B.1.1.529, BA系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC variant of concern)」の一つ。オミクロン BA.2、オミクロン BA.5、オミクロン BA.2.86、オミクロン JN.1などが含まれる。
(※2) ヌクレオカプシドタンパク 質
新型コロナウイルスの 構造タンパク質の一つ 。 ウイルスの遺伝情報である RNAと結合し、ウイルス粒子の形成や複製に関与している。
(※3) 研究 コンソーシアム「 The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」
東京大学医科学研究所の佐藤佳教授が主宰する、若手研究者中心の研究コンソーシアム。日本国内の様々な専門性を持つ若手研究者が参画し、多角的アプローチからウイルスの性質の解明に取り組んでいる。現在では、諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。
(※4) 実効再生産数
特定の条件下において、1人のウイルス感染者が平均して何人の二次感染者を生み出せるかを表す尺度。本研究では変異株の流行拡大能力を比較する目的で使用している。
(※5) 監視下 の 変異 株( currently circulating variants under monitoring; VUM
ウイルスの特性に影響を与えると思われる遺伝子変異を持つものの、表現型や疫学的な影響の証拠は現時点では不明である変異株。
(※6) スパイクタンパク 質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞と結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的となっている。
7) オルガノイド
幹細胞や組織由来細胞から三次元的に培養された、臓器の構造や機能を部分的に再現した培養モデル。本研究では、ヒト iPS細胞由来の肺オルガノイドを用いることで、培養細胞よりも生体に近い環境下でのウイルス増殖や薬剤感受性の評価を行った。
(※8) 点変異
DNAあるいは RNAの特定の 1塩基が別の塩基に置き換わる変異。
(※9) 遺伝子 組換 え ウイルス
遺伝子を任意に組み換えたウイルス。法令遵守のもと、任意の変異を持つウイルスを人工的に作出し、性状解析やウイルス学研究に使用する。
(※10) NF-κκB経路
炎症や 免疫応答 の 制御 に 関与 する 細胞内 シグナル 伝達経路。 NF-κBが 活性化 されると、 その 制御下 にある 炎症性サイトカインなどの遺伝子発現が誘導され、生体の炎症反応が促進される。
【謝辞】
本研究は、福原教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業( JP23fk0108617, JP22fk0108516, JP22fk0108511)」、 AMED先進的研究開発戦略センターSCARDA)「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群北海道シナジーキャンパス(北海道大学ワクチン研究開発拠点) 」 、 AMED SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業( JP223fa827001)」、 AMED-CREST JP23gm1610008)、科学研究費助成事業(基盤 B、 JP21H02736)などの支援の もと で実施されました。
【論文タイトル】
Fingolimod treatment exacerbates tau phosphorylation and neurodegeneration in a mouse model of tauopathy with accumulated brain CD8+ T cells
【論文情報】
掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
A non-spike nucleocapsid R204P mutation in SARS-CoV-2 Omicron XEC enhances inflammation and pathogenicity
著者名:
辻野修平 1,2,#、 津田真寿美 2,3,#、 出口清香 4,5,#、 伊東潤平 6,#、 Taha Y. Taha7、 Hesham Nasser8、 Lei Wang2,3、Julia Rosecrans7、鈴木理滋 1,2,9、鈴木紗織 1,2,9、 吉松組子 10、 Melanie Ott7、 池田輝政 8、 佐藤佳 6,8,11,12、 高山和雄 4,5*、 田中伸哉 2,3*、 田村友和 1,2,9,13*、 福原崇介 1,2,9,13,14*1九州大学大学院 医学研究院 、 2北海道大学大学院医学研究院、 3北海道大学 総合イノベーション創発機構 化学反応創成研究拠点 WPI-ICReDD 、 4東京科学 大学 総合研究院 難治疾患研究所 、 5京都大学 iPS細胞研究所 、 6東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野 、 7グラッドストーン研究所、 8ヒトレトロウイルス学共同研究センター熊本大学キャンパス 、 9北海道大学 総合イノベーション創発機構 ワクチン研究開発拠点、 10北海道大学遺伝子病制御研究所 、 11グラスゴー大学ウイルス研究センター、 12デューク・シンガポール国立大学医学大学院 、 13北海道大学 One Healthリサーチセンター 、 14大阪大学微生物病研究所
(#:共同筆頭著者、 *:共同責任著者)
DOI 10.1038/s41467-025-67455-4
【詳細】 プレスリリース(PDF1,376KB)
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