筋肉に胎児期の位置記憶が存在することを発見

【ポイント】

  • 筋肉とその再生を担う筋幹細胞1は,身体の位置による固有の情報(位置記憶)をもっていることを発見しました。
  • 位置記憶は,胎児期に手足などのからだの形作りに働くホメオボックス(Hox)遺伝子2群の発現パターンに基づくことがわかりました。
  • 本研究成果から,筋ジストロフィー3などの筋疾患の病態解明の手掛かりを得るとともに,位置記憶を応用した再生医療の開発に役立つことが期待できます。

【概要説明】

 熊本大学発生医学研究所の吉岡潔志研究員,小野悠介准教授の研究グループは,長崎大学,九州大学,京都府立大学との共同研究により,全身に隈なく分布する成体の骨格筋(筋肉)およびその再生を担う筋幹細胞(図1)は,身体位置固有の情報(位置記憶)を保持していることを発見しました。この位置記憶は胎児期から維持されており,胚発生過程にからだの設計を司るホメオボックス(Hox)遺伝子群の発現とその遺伝子座4のDNAメチル化5パターンにより可視化することができました。また,マウスの後肢の筋幹細胞を頭部筋に移植すると,後肢のHox遺伝子を維持した状態で頭部筋が再生されることから,強力に固定された位置記憶は移植再生治療に影響を与える可能性が示唆されました。

 さらに,筋幹細胞特異的にHoxa10遺伝子を欠損させたマウスでは後肢における筋再生不全が見られ,発現位置に依存した筋再生不全の表現型を呈することがわかりました。このメカニズムの解析を行い,Hoxa10遺伝子は後肢における筋幹細胞の正常な細胞分裂に欠かせない機能を持っていることを突き止めました。また,マウスと同様,ヒトにおいても筋幹細胞の位置記憶は保存されていることを確認し,本研究結果から,筋幹細胞の位置記憶は単なる胎児発生の残存ではなく,身体位置固有の機能を担っていることが明らかになりました。

 難治性筋疾患である筋ジストロフィーはいくつかの病型があり,脆弱化する筋肉の身体位置は病型によってそれぞれ異なります。また,サルコペニアとよばれる加齢による筋肉の脆弱化も身体位置の特異性があります。しかし,一見同じようにみえる筋肉になぜ位置特異的な症状が出るのかは全く分かっていません。今後本研究グループは,位置記憶の機能的な側面から筋疾患のメカニズム解明に取り組むとともに,位置記憶を応用した新たな筋再生治療の開発を進めていきます。

 本研究成果は,米国科学誌の「Science Advances」に2021年6月9日(米国東部時間午後2時)に掲載されました。


【用語解説】

*1.筋幹細胞:
骨格筋の組織幹細胞。サテライト細胞ともよばれる。骨格筋は筋線維の束で構成されており,筋幹細胞は筋線維と基底膜の間に位置している。筋幹細胞は強力な筋再生能をもつため,筋疾患への再生治療として応用が期待されている。一方で,その機能や数の低下はさまざまな筋脆弱症に関連すると考えられている。

*2.ホメオボックス(Hox)遺伝子:
胎児期における前後軸(頭と尾の向き)に沿ったからだの構造や手足などのパターン形成を指令する遺伝子。脊椎動物では4本の染色体上にHox-AからHox-Dまでの4つのクラスター(遺伝子グループ)を形成し,各クラスターには13種類のHox遺伝子が存在する。発生期に適切な組み合わせとタイミングでHox遺伝子を発現することで,からだの形態が正しく決定される。

*3.筋ジストロフィー:
筋肉の壊死と再生を繰り返す遺伝性筋疾患の総称。進行性で筋量や筋力の低下をもたらす。さまざまな病型があり,それぞれ症状が出る位置や程度が異なる。

*4.遺伝子座:
染色体上の遺伝子の位置。

*5.DNAメチル化:
DNAのCpGという塩基配列のシトシンにメチル基が付加されること。DNAメチル化は一般的には遺伝子発現を抑制する働きがある。しかし最近の研究ではDNAメチル化はHox遺伝子に関しては逆に遺伝子発現を正に調節する可能性も報告されている。


【論文情報】
論文名:Hoxa10 mediates positional memory to govern stem cell function in adult skeletal muscle(Hoxa10は成体骨格筋における筋幹細胞の位置記憶を媒介する)
著者:吉岡潔志,長久広,三浦史仁,荒木啓充,亀井康富,北嶋康雄,瀬古大暉,野上順平,土屋吉史,岡崎成弘,米倉暁彦, 大場誠悟,住田吉慶,千葉恒,伊藤公成,朝比奈泉,小川佳宏,伊藤隆司,大川恭行,小野悠介
掲載誌:Science Advances
DOI:10.1126/sciadv.abd7924
URL:https://advances.sciencemag.org/content/7/24/eabd7924.abstract


【詳細】 プレスリリース(PDF944KB)

お問い合わせ

熊本大学発生医学研究所
筋発生再生分野
准教授 小野 悠介 
電話:096-373-6601
E-mail:ono-y※kumamoto-u.ac.jp

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