飢餓時にアミノ酸代謝を⽀える新 たなホルモン様ペプチドを発⾒ 〜グルカゴンと協調して栄養不⾜への適応を制御する仕組み〜
群馬大学生体調節研究所(群馬県前橋市)の吉成祐人助教、西村隆史教授、筑波大学生存ダイナミクス研究センターの丹羽隆介教授、熊本大学らの研究グループは、モデル生物であるキイロショウジョウバエ※1を用いて、飢餓時に働く新たなホルモン様ペプチドCG14075/Marmite(Mmt)※2 が、アミノ酸※3 代謝を促進し、栄養不足への適応を支えることを明らかにしました。
動物は飢餓状態になると、体内に蓄えた糖、脂質、アミノ酸を段階的に利用して生命活動を維持します。しかし、これら複数の栄養源の利用をどのようなホルモンが協調して制御しているのかは、十分には分かっていませんでした。研究チームは、キイロショウジョウバエの神経内分泌器官である側心体※4 から、Mmt が飢餓に応じて体液中へ分泌されることを発見しました。Mmt の働きが失われると、飢餓時に糖や脂質が過剰に消費され、スレオニン※5 や分岐鎖アミノ酸(BCAA)※6 が蓄積し、酸化ストレス※7 が高まることが分かりました。さらに、Mmt は昆虫のグルカゴン様ホルモン AKH※8 と協調して、脂質代謝とアミノ酸代謝のバランスを調節していました(図1)。
本研究成果は、栄養不足に対して生体が複数のエネルギー源をどのように使い分けるのかを理解するうえで重要な知見です。また、ホルモン分泌、アミノ酸代謝、酸化ストレス防御が連動する新たな仕組みを示すものであり、栄養代謝や内分泌制御の理解につながることが期待されます。研究成果は、2026 年 9 月 12 日、英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。
1. 本件のポイント
- キイロショウジョウバエを用いて、飢餓時に分泌されるホルモン様ペプチド Mmt を発見した
- Mmt は神経内分泌組織である側心体細胞から体液中へ分泌される
- Mmt はスレオニンや BCAA などのアミノ酸代謝を促進し、飢餓への適応を支える
- Mmt の機能が失われると、糖や脂質の貯蔵が過剰に消費され、アミノ酸の蓄積と酸化ストレスの上昇が起こる
- Mmt は昆虫のグルカゴン様ホルモン AKH と協調し、飢餓時のエネルギー利用バランスを制御している
2.本件の詳細
2-1. 背景
動物は、食物から得た栄養素を体内に蓄え、必要に応じて分解・利用することで生命活動を維持しています。栄養が十分にある状態では、糖や脂質などの栄養素は体内に蓄えられます。一方、飢餓のように食物を摂取できない状態では、体内に蓄えられた栄養素を段階的に利用して、生命活動に必要なエネルギーを作り出す必要があります。
飢餓の初期には、まずグリコーゲン※9などの糖質が分解され、血糖やエネルギー産生に利用されます。飢餓がさらに続くと、脂質の分解が進み、脂肪酸が主要なエネルギー源として利用されます。さらに長時間の飢餓では、アミノ酸も重要なエネルギー源となるほか、代謝中間体の供給源として利用されます。このように、生体は飢餓の進行に応じて、糖、脂質、アミノ酸という複数の栄養源を切り替えながら利用しています。
この栄養源の切り替えには、内分泌ホルモンが重要な役割を果たしています。哺乳類では、インスリン※10 やグルカゴン※11 が、糖や脂質、アミノ酸の代謝を調節する代表的なホルモンとして知られています。特にグルカゴンは、空腹時に肝臓などに作用し、糖や脂質の動員、さらにアミノ酸代謝にも関わることが近年注目されています。
昆虫では、脂質動員ホルモン AKH が、哺乳類のグルカゴンに似た働きを持つホルモンとして知られています。AKH は、神経内分泌器官である側心体から分泌され、脂肪体※12 と呼ばれる代謝器官に作用して、貯蔵脂質や糖の分解を促進します。脂肪体は、哺乳類の肝臓と脂肪組織の両方に相当する働きを持つ重要な代謝器官です。
しかしながら、飢餓が長引いたときに、アミノ酸代謝がどのように制御されるのか、また糖・脂質・アミノ酸という複数の栄養源をどのようなホルモンが協調して調節しているのかについては、十分に分かっていませんでした。特に、AKH 以外にも側心体から分泌され、飢餓時の代謝切り替えを支えるホルモンが存在するのかは大きな未解明課題でした。
そこで研究グループは、モデル生物であるキイロショウジョウバエを用いて、飢餓時に側心体から分泌される新たなホルモン様因子を探索しました。その中で、側心体において非常に高い遺伝子発現を示した CG14075/Marmite(Mmt)に着目し、この機能未知の分泌性因子が飢餓時の代謝適応に関わる可能性を検証しました。
2-2. 本研究の成果
研究グループはまず、Mmt がどの組織で発現しているのかを調べました。その結果、Mmt は、AKH を産生する神経内分泌器官である側心体細胞に特異的に発現していることが分かりました。さらに、Mmt タンパク質を検出する抗体を作製し、飢餓時に体液中へ分泌されるかどうかを調べました。その結果、Mmt は通常の摂食状態では体液中に少量しか検出されませんでしたが、飢餓が進むにつれて体液中の量が増加することが分かりました。この増加は、体内のグリコーゲンや脂質の貯蔵が低下していく時期と重なっていました。つまり、Mmt は、飢餓が進行し、体内のエネルギー貯蔵が減少する時期に分泌されるホルモン様ペプチドであることが示されました。
次に、Mmt の働きが失われた個体を用いて、飢餓時の生存能力を調べました。その結果、Mmt を欠損したショウジョウバエは、通常個体に比べて飢餓に弱くなることが分かりました
(図2)。さらに代謝物を測定したところ、Mmt 欠損個体では、飢餓時にグリコーゲン、トレハロースなどの糖質がより早く低下していました。また、貯蔵脂質の消費も進みやすく、体内のエネルギー貯蔵を適切に維持できていないことが明らかになりました。
研究グループはさらに、Mmt 欠損個体の代謝物を詳しく解析しました。その結果、Mmt が働かない個体では、飢餓時に多くのアミノ酸が蓄積していることが分かりました。特に、スレオニンや、分岐鎖アミノ酸(BCAA)であるバリン、ロイシン、イソロイシンの蓄積が顕著でした(図2)。これらのアミノ酸は、通常であれば飢餓時に分解され、エネルギー産生や代謝中間体の供給に利用されると考えられます。したがって、Mmt は、飢餓時にアミノ酸を適切に分解・利用するために必要であることが示されました。
次に、研究グループは、Mmt によって制御されるアミノ酸代謝の役割を調べました。スレオニン代謝に関わる酵素の働きを低下させると、Mmt 欠損個体と同様に飢餓に弱くなり、脂質の消費が進みやすくなることが分かりました。この結果から、飢餓時にスレオニンなどのアミノ酸を代謝することは、単にアミノ酸を処理するだけではなく、脂質代謝や生存にも関わる重要な仕組みであると考えられます。
さらに、Mmt 欠損個体では、脂肪体で酸化ストレスが高まっていることも明らかになりました。飢餓時には、脂質やアミノ酸の分解が進むことで、細胞内のミトコンドリア※13 に負荷がかかり、活性酸素が増えやすくなります。研究グループは、ミトコンドリアの酸化ストレスを抑 える因子を脂肪体で増やすと、Mmt 欠損個体の飢餓に対する弱さや脂質の過剰消費が一部改善されることを見いだしました。このことから、Mmt は、飢餓時のアミノ酸代謝を支えることで、ミトコンドリアの酸化ストレスを抑え、生体の代謝バランスを維持していると考えられます。
最後に、研究グループは、Mmt と AKH の関係を調べました。AKH は、飢餓時に脂質や糖を動員する代表的なホルモンです。Mmt が働かない個体では、飢餓時に AKH の分泌が過剰に高まっていることが分かりました(図3)。この AKH の過剰な働きは、Mmt 欠損個体で糖や脂質の貯蔵が早く失われる原因の一部であると考えられます。
実際に、Mmt と AKH の両方の働きを同時に低下させると、Mmt を単独で低下させた場合に見られる飢餓感受性や脂質・糖の過剰な消費が一部抑えられました。また、Mmt の機能低下によって生じる飢餓時の活動性上昇も、AKH の働きを抑えることで改善されました。これらの結果から、Mmt が働かないと AKH の分泌や作用が過剰になり、糖や脂質の過剰消費につながることが示されました。
一方で、Mmt 欠損個体で見られるスレオニンや BCAA の蓄積は、AKH の働きを抑えても改善されませんでした。このことは、Mmt が AKH と協調して脂質や糖の代謝を制御する一方で、アミノ酸代謝については AKH とは一部独立した役割を持つことを示しています。
以上の結果から、Mmt は、飢餓時に側心体から分泌されるホルモン様ペプチドとして、アミノ酸代謝、酸化ストレス防御、糖・脂質の利用バランスを制御することが明らかになりました
(図3)。さらに、Mmt とAKH は、同じ側心体細胞から分泌されるものの異なる役割を担い、飢餓の進行に応じた代謝適応を協調的に支えていると考えられます。
2-3. 社会的意義と今後の期待
飢餓や栄養不足に対して、体がどの栄養源をいつ、どの程度利用するかを適切に調節するこ とは、生存に不可欠です。これまで、飢餓時の代謝制御については、糖や脂質の動員に関わる ホルモンの研究が中心でした。一方で、飢餓が長引いたときに重要となるアミノ酸代謝が、個 体レベルでどのようなホルモンによって制御されているのかは十分に分かっていませんでした。
本研究では、Mmt が、飢餓時にアミノ酸代謝を支えるホルモン様ペプチドとして働くことを明らかにしました。また、Mmt が働かないと、アミノ酸代謝の異常だけでなく、糖や脂質の過剰消費、酸化ストレスの上昇、飢餓耐性の低下が起こることが分かりました。このことは、アミノ酸代謝が、単なるタンパク質分解産物の処理ではなく、飢餓時のエネルギー利用やストレス防御と密接に結びついていることを示しています。
さらに、本研究は、側心体という一つの神経内分泌器官から、AKH と Mmt という複数のホルモンが分泌され、それぞれ脂質・糖代謝とアミノ酸代謝を分担しながら、全身の代謝を制御していることを示しました。これは、飢餓時の代謝適応が、単一のホルモンによる単純な制御ではなく、複数のホルモンが時間的・機能的に役割分担することで成り立っていることを示す重要な発見です。
今後、Mmt がどの受容体を介して脂肪体や他の組織に作用するのか、また飢餓時に Mmt の分泌を促す上流のシグナルが何であるのかを明らかにすることで、栄養状態に応じた内分泌制御の理解がさらに進むと期待されます。また、昆虫で得られた知見を手がかりとして、哺乳類におけるグルカゴンやその他のホルモンによるアミノ酸代謝制御、栄養不足時の酸化ストレス防御、代謝疾患におけるホルモン異常の理解にもつながる可能性があります。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:23K14227)、日本医療研究開発機構(AMED)( 課題番号:JP256f0137008)、AMED-CREST(課題番号:
20gm1110001)、筑波大学生存ダイナミクス研究センター(TARA Center)共同研究プログラム、群馬大学生体調節研究所共同研究プログラム、三菱財団自然科学研究助成、武田科学振興財団などの支援を受けて実施されました。
3. 関連リンク
群馬大学 生体調節研究所https://www.imcr.gunma-u.ac.jp/
生体調節研究所 個体代謝生理学分野https://sites.google.com/view/nishimura-lab/
筑波大学 生存ダイナミクス研究センター 生理遺伝学研究プロジェクトhttps://www1.tara.tsukuba.ac.jp/projects/niwa/
熊本大学 中村ラボ
https://www.imeg.kumamoto-u.ac.jp/bunya_top/germline_development/ 筑波大学 生命環境系 鶴田ラボ
https://ftsuruta.wixsite.com/fuminori-tsuruta
4. 論⽂詳細
論 文 名 :CG14075/Mmt promotes amino acid catabolism and cooperates with AKH during starvation in Drosophila
・論文著者:吉成祐人 1,2*、阿部真生子 3、星野涼 3、水野陽介 3、黒木祥友 3、井村英輔 3,7 、
中村輝 4,5、鶴田文憲 6、丹羽隆介 2*、西村隆史 1*
1.群馬大学生体調節研究所個体代謝生理学分野、2.筑波大学生存ダイナミクス研究センター、
3.筑波大学大学院生物学学位プログラム、4.熊本大学発生医学研究所、5.熊本大学大学院薬学教育部、6. 筑波大学生命環境系、7. University of California, Riverside 校、*: 責任著者)
・Nature Communications 誌(Springer Nature 社:英国)
・公開日:2026 年 9 月 12 日
・URL: https://www.nature.com/articles/s41467-026-77687-7
・doi: 10.1038/s41467-026-77687-7
5.⽤語説明
※1キイロショウジョウバエ
ハエ目ショウジョウバエ科の昆虫で、様々な研究分野でモデル生物として用いられている。体長 2~3mm 前後の大きさで、飼育が容易であり、遺伝学的な解析に適する。
※2 CG14075/Marmite(Mmt)
キイロショウジョウバエに存在する分泌性因子。本研究では、飢餓時に神経内分泌器官である側心体から体液中へ分泌され、アミノ酸代謝や飢餓適応に関わるホルモン様ペプチドとして機能することが明らかになった。
※3 アミノ酸
タンパク質を構成する基本的な成分。生体内では、タンパク質の材料として使われるだけでなく、 飢餓時には分解されてエネルギー産生や代謝中間体の供給にも利用される。本研究では、スレオニ ンや分岐鎖アミノ酸(BCAA)などのアミノ酸代謝が、飢餓への適応に重要であることが示された。
※4 側心体
昆虫に存在する神経内分泌器官。体内の栄養状態に応じてホルモンを分泌し、代謝や行動を調節する。本研究では、Mmt および AKH を分泌する重要な器官として解析した。
※5 スレオニン
必須アミノ酸の一つ。タンパク質の構成成分であるとともに、代謝を通じてエネルギー産生にも関わる。本研究では、Mmt がスレオニン代謝の制御に重要であることが示された。
※6 分岐鎖アミノ酸(BCAA)
バリン、ロイシン、イソロイシンの 3 種類の必須アミノ酸の総称。タンパク質の材料となるだけでなく、エネルギー代謝や細胞内シグナルの調節にも関わる。
※7 酸化ストレス
細胞内で発生する活性酸素などにより、タンパク質、脂質、DNA などが酸化的な損傷を受けやすくなる状態。通常は抗酸化システムによって抑えられているが、飢餓や病気、老化などに伴って増加することがある。
※8AKH
昆虫に広く保存されている脂質動員ホルモン(Adipokinetic hormone の略)。飢餓などのストレス時に、脂質や糖の分解を促進する生理機能を有する。哺乳類のグルカゴンと同一の分子ではないが、機能的に似た役割を担う。
※9 グリコーゲン
多数のグルコースがつながった貯蔵糖。動物は栄養が十分にあるときにグリコーゲンを蓄え、飢餓時にはこれを分解してエネルギー源として利用する。ショウジョウバエでも、グリコーゲンは飢餓初期に利用される重要なエネルギー貯蔵物質である。
※10 インスリン
栄養が十分にあるときに、糖や脂質などの栄養素の細胞内取り込みや貯蔵を促すホルモン。哺乳類では膵臓から分泌され、血糖値の調節に重要な役割を果たす。ショウジョウバエにもインスリンに似た働きを持つインスリン様ペプチドが存在し、成長や代謝を制御している。
※11 グルカゴン
哺乳類の膵臓から分泌されるホルモンの一つ。血糖値が低下したときや飢餓時に分泌され、肝臓などに作用して糖や脂質の分解を促進する。また、近年ではアミノ酸代謝の調節にも関わることが注目されている。
※12 脂肪体
昆虫に存在する主要な代謝器官。栄養の貯蔵、脂質や糖の代謝、解毒、免疫応答など多様な機能を担う。哺乳類の肝臓と脂肪組織の両方に相当する働きを持つと考えられており、本研究では
CG14075/Mmt や AKH の作用を受ける重要な組織として解析された。
※13 ミトコンドリア
細胞内に存在する小器官の一つで、糖、脂質、アミノ酸などからエネルギーを産生する中心的な場である。飢餓時には脂質やアミノ酸の分解が進むため、ミトコンドリアでの代謝負荷が高まり、活性酸素が生じやすくなる。本研究では、CG14075/Mmt の機能低下によりミトコンドリアに関連した酸化ストレスが高まることが示された。
【詳細】 プレスリリース(PDF1,545KB)
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