縄文時代の穀物栽培を立証 最新科学による縄文時代晩期末・江辻SX-1段階の大陸系穀物(イネ・アワ・キビ)流入を証明

<研究の内容>

 熊本大学大学院人文社会科学研究部の小畑弘己(おばた・ひろき)教授と北海道大学大学院文学研究院の國木田大(くにきた・だい)准教授は、英国の考古科学雑誌「Journal of Archaeological Science」に縄文時代末期にすでにイネやアワが渡来していたという論文を発表しました。本研究はこれまで立証できなかった縄文時代における穀物の渡来と栽培を最新技術を用いて科学的に立証したもので、その結果は、論争中の弥生時代の開始年代のみでなく、弥生時代の定義そのものの見直しにも波及しかねない、学術上重要な研究成果といえます。

<研究の背景>

 これまでの日本考古学の定説によると、わが国におけるイネやアワ・キビなどの穀物栽培は、弥生時代早期(27902710 14C BP)に始まるとされてきました。これらの穀物は中国大陸に起源をもち、朝鮮半島の青銅器文化を通じてわが国へ渡来したもので、その日本への渡来時期は、北部九州の福岡県板付遺跡や佐賀県菜畑遺跡などで灌漑水田が出現する時期と想定されていました。弥生時代はこれら水田が発見される前は弥生時代前期から始まると考えられていましたが、これらの炭化米を伴う水田遺構の発見によって、「弥生時代=生産経済の開始」という観点から、水田遺構に伴う縄文時代最後の土器型式である山の寺・夜臼Ⅰ式土器は弥生時代に編入され、「弥生時代早期」が設定されました。この結果、今では、山の寺・夜臼Ⅰ式土器は弥生時代と水稲耕作(穀物栽培)の開始を示す土器型式と認識されています。 

 もちろん縄文時代に遡ると主張される炭化米や穀物圧痕などもありましたが、炭化米は年代測定の結果後代のものが混入されていたり、イネ圧痕も圧痕自体にイネとしての同定根拠が不十分であったりするなどの理由から、縄文時代の穀物の存在は十分に立証されていませんでした。

 しかし、数点ですが、確実なイネやアワの穀物圧痕資料が北部九州地方の土器編年上で弥生時代早期(山の寺・夜臼Ⅰ式土器段階)を遡る直前型式である、縄文時代最末期の「江辻SX-1段階」(福岡県粕屋町江辻遺跡の土坑SX-1の一括遺物をもとに設定)の土器から検出されていました。ただ、これらの資料においても、共伴する穀物炭化資料はなく、土器付着炭化物からも正確な年代値は得られていませんでした。このため、「江辻SX-1段階」が弥生時代早期を遡る一つの段階として成立するのか、つまり弥生時代を遡る穀物炭化資料はあるのか、という問いに対する年代的検証は資料的制約から不可能と考えられ、実施されていませんでした。

<本論文の内容と意義>

 これらの問題点を解決するため、小畑教授らの研究グループは、粕屋町教育委員会の全面的な協力を得て、この段階の標識遺物である江辻遺跡SX-1出土土器約1万点を軟X線やXCTを用いて再検査し、イネ・アワ・シソなどの穀物や栽培植物の種実を多数検出しました。さらに土器器壁中の潜在圧痕からそれらの炭化物を取り出し、東京大学総合研究博物館の研究グループが開発した微量炭素年代測定法により年代測定を行いました。その結果、この江辻段階のアワやシソ果実は2763±36 14CBP2730±43 14 CBPの測定年代値をもち、弥生時代早期の山の寺・夜臼Ⅰ式土器段階より約5080年ほど古く、江辻SX-1段階が弥生時代早期を遡る一段階として成立することが立証されました。

 この時期には、韓国青銅器文化においてもイネやアワ・キビなどの穀物や畑址や水田址なども検出されています。我が国では耕作遺構こそ検出されていませんが、朝鮮半島起源の石庖丁が発見され、耕作具としての石鍬なども多数検出されています。これらの事実から、小畑教授らは、縄文時代晩期後半に北部九州の縄文人たちが韓国青銅器文化の人々と接触し、穀物を入手し、それを栽培植物リストに加え、規模は小さいながらも栽培を行っていたと想定しました。

<今後の波及>

 今回の研究は、縄文時代晩期にすでに穀物が渡来し、栽培されていた可能性を示したもので、初めて縄文時代の穀物の存在を科学的に立証した研究といえます。さらに、副次的な論点ではありますが、論争中の弥生時代開始年代に対し、「紀元前9世紀後半~8世紀説」を支持する結果を提示した点でも意義があります。小畑教授らは、ここで用いた手法を「土器包埋炭化物測定法」と命名し、年代的誤差を生み出す可能性のある従来の主手法である土器付着炭化物による年代測定法に比べ、きわめて高い科学的立証性をもつ方法であり、穀物伝播の重要な時期でありながら、炭化穀物の出土数の少ない当該期の研究に大いに効力を発揮するばかりではなく、同様の問題を抱える東アジア各地での考古学的研究へ適応できる手法であると述べています。

 小畑教授らは、2020年秋より、文部科学省科学研究費助成事業の学術変革領域研究(A)「土器を掘る」のプロジェクト研究を進めており、本研究はこの成果の一つです。

HP: http://www.fhss.kumamoto-u.ac.jp/archaeology/earthenware/

 

【論文情報】

○タイトル
  A New Archaeological Method to Reveal the Arrival of Cereal Farming
 - Development of a New Method to Extract and Date of Carbonised Material in Pottery and its Application to the Japanese Archaeological Context-.
○著者
 Hiroki Obata, Dai Kunikita
○URL
 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305440322000528
○doi
 https://doi.org/10.1016/j.jas.2022.105594

【詳細】   プレスリリース(PDF1914KB)

お問い合わせ
熊本大学大学院人文社会科学研究部
教授 小畑 弘己
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E-mail:totori※kumamoto-u.ac.jp

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