"自分自身が楽しむ"研究の醍醐味

熊大なう。
発生医学研究所 博士課程1年 大垣聡一郎さん

偶然と試行錯誤が生んだ成果

image_02.jpg 熊本大学発生医学研究所(以下、発生研)客員教授である京都大学・山中伸弥教授がノーベル賞を受賞し、一躍注目を集めたiPS細胞。人の皮膚などの体細胞を用いて、さまざまな組織や臓器の細胞へと分化誘導できる万能性とほぼ無限に増殖できる能力を持つiPS細胞は、再生医療へ大きな可能性と希望をもたらしました。
再生医療や創薬研究への応用を目指し、現在世界中で研究が進められる中、発生研で、マウスとヒトの受精卵から作る胚性幹細胞(以下、ES細胞)を使い、世界で初めて小腸上皮細胞の作製に成功したことが発表されました。研究に取り組んだのは、大垣総一郎さん。粂昭苑(くめしょうえん)教授の下、ES細胞を用いて、すい臓や肝臓を再生する研究を行ってきました。
「初めから小腸上皮細胞を作ろうと思って、研究していたわけではないんですよ。すい臓や肝臓の細胞は、すでに粂研究室では作製されていますから、その元になる内胚葉から他の臓器の細胞もできないものかと思い、試行錯誤していました。偶然、その中で一番いい結果を得られたのが、小腸だったんです。その成果を生かすために小腸に特化してやったほうがいいのではないかと研究を進めました」と語る大垣さん。作製から発表までに費やした時間は、約5年。ES細胞に続き、同様の手法で、iPS細胞から小腸上皮細胞を作製することにも成功したのです。

“生命”から生まれるES細胞は崇高な存在

image_03.jpg 発生学の研究の中で、大人の小腸についての研究は比較的多く行われてきましたが、胎児時の小腸の研究はほとんど例がありません。大垣さんは、資料となる文献も少ない状態で、研究を進めたといいます。「試験管の中で起きた現象が、体で起きる場合とどのくらい一致しているのかを知ることが大切なのですが、指標となるデータがないので、それを図るのが大変でしたね」。
大垣さんはES細胞を使った研究を中心に行ってきました。中でも、ヒトES細胞は、人の受精卵から初期胚を取りだして培養して作製されるため、倫理的問題を避けて通ることはできません。また再生医療へ応用する際には、患者本人の細胞由来ではないため、移植すると拒絶反応が起きることも大きな課題です。その点ヒトiPS細胞は、本人の皮膚などの細胞から作製できるため、倫理的問題も拒絶反応もクリアにできることから、再生医療応用への期待が高まっているのです。
「ヒトES細胞は入手するのも倫理委員会に申請を上げて、承認されなければならなかったり、細胞の管理も本当に大変です。学内に細胞があっても、触ることはおろか見ることもできません。iPS細胞は使いやすく、将来的に応用医学ではヒトiPS細胞を使うことになるわけですが、僕はES細胞を使った研究を続けていきたい。僕の中ではiPS細胞よりもES細胞のほうが崇高なものなんです」と大垣さん。
“生命”から生まれるES細胞で、“生命”を救うための研究ともいえる大垣さんの研究ですが、「誰かのために」というような気負いはありません。「もし、誰かの役に立ちたいと思うなら、医者になっていますよ。教科書に書いてあることは日常生活では役に立つことは少ないけれど、教科書に載るような研究をすることは、すごいことですよね。そんな基礎的な部分の研究をできたらいいなと思っています」。

好きなことに理由はいらない

image_04.jpg これからは実際に応用に向けた研究が中心となっていく中で、大垣さんは新たな課題に向き合っています。「ES細胞を用いた研究では、狙い通りに分化する細胞は10~20%程度。その分化研究よりも、分化した10%をどう実用的に使うかが重要だと考えています。小腸の分化研究の次は、これが今後使えるのか、使うためにはどうすればいいのかを研究すべきだと思うんですよね」。また、作ったES細胞を分化させ、一定の状態で維持し、増殖できるかという技術開発にも興味があるといいます。
大垣さんのモットーは、「つまらない研究をどれだけおもしろくやるか」。研究をやっていて、良かったと思うことは少ないと笑う大垣さんですが、誰も研究しないような研究を続けてこそ、パイオニアになれると、他の研究者と違った目線で日々細胞に向き合っています。「好きでやっているんですよね。嫌なことならやらない。基礎研究の魅力は、“自分自身が楽しめる”こと。好きなものには理由とかないでしょう?まさにそれですね」。
小腸上皮細胞を作製したことで、メカニズムが明らかになり個人的には満足だと語る大垣さんの次のステップに向けた研究の日々は続きます。

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(2013年3月29日掲載)

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