平成13年度熊本大学卒業式 式辞

熊本大学長 崎元達郎 皆さん、ご卒業誠におめでとうございます。

本日ここに、長年にわたり本学の教育と研究に大きく貢献され、多数の優れた人材を世に送られた名誉教授諸先生をお迎えして、部局長と共に平成13年度の卒業式を学位授与式を兼ねて挙行できますことは、本学にとりまして大きな喜びであります。

変化の激しい国内外の社会情勢の下、各学部にあっては4カ年または6カ年、医療技術短期大学部にあっては3カ年、また、大学院に進まれた人たちは更に幾年かを本学にて修業され、晴れて本日の卒業式に臨むことができますのは、皆さん自身の努力と研鑽の賜物であること、言に及びません。

しかし、諸君の今日がありますのは、ご家族はもちろんのこと、先生方、職員各位、それに先輩諸兄姉の温かな助言や支援、あるいはまた、学友の協力と励ましなど、数千人もの有形無形のお力添えがありましたことを、本日を機に改めて肝に銘じていただきたく思います。

学士あるいは準学士として本学を巣立たれ、直ちに社会人として自己の定めた道を歩まれる諸君、さらに研鑽を積むべく大学院に進まれる諸君、大学院で修得した知力と学識を活かし、高度な技術者あるいは研究者として社会に貢献しようとしている諸君、加えて、遠く母国を離れ本学での留学を立派に貫徹された留学生諸君、総数2655名の皆さんに、熊本大学を代表し、洋々たる前途に大きな期待を込めて心からお祝い申し上げます。また、これまで皆さんを深い慈愛によってお支え下さったご家族をはじめ、皆さんの修業を助け、惜しみなくご指導ご助言下さった教職員、諸先輩各位に対し、衷心より深く感謝申し上げます。

顧みますと、諸君は、図らずも激動の20世紀末から今21世紀初頭にかけて本学に身を委ね大学生活を体験されたわけであります。皆さんは、大学生活を通じて、また将来の社会を背負う若者として、前世紀を如何に総括されたのでありましょうか。そして、今世紀に如何なる夢と希望を託されたのでありましょうか。

今更私が申し上げるまでもなく、前20世紀は、人類がひたすら物質的な豊かさを追い求め、その過程で2度もの世界大戦争を経験し、全ての生命にとって唯一無二の揺りかごであるべき地球環境を回復不可能なまでに悪化させてしまった100年であったと言っても決して過言ではありません。

このように、前世紀は人々の言わば不遜な営みによって様々な不幸がもたらされましたが、世紀末に至り、世界中の心ある人々が漸くそのような人類の過誤に気付き、反省と大きな期待を込めて今世紀を迎えたのでありました。

しかし、平和を願う人々の期待を裏切るかの如く、早くもその初年度の秋には、アメリカ合衆国が未曾有の同時多発テロリズムに見舞われ、20世紀文明の象徴とも言うべき巨大な世界貿易センタービルが瞬時にして灰塵に帰し、幾千もの人命が奪われたのでありました。

このような惨禍は前世紀を通じての人類総体としての営みのひとつの帰結と位置付けることもできましょうが、その後遺は国際社会の政治的及び経済的な混迷となって現れ、今なお拡大しつつあるように思われます。わが国への影響も極めて甚大であり、経済はもとより、わが国の国防をも問い直す契機となっていることは皆さんもご承知の通りであります。

漸く回復が兆しつつありました日本経済はいっそう悪化し、完全失業率も戦後に経済復興を遂げて以来最高の5パーセント余りを記録し、非常に憂慮すべき不況にさらされているのであります。好況時には予想すらされなかった金融機関や大型企業の倒産が相次ぎ、若者達の就職にも深刻な影響を及ぼしつつあります。諸君の中にも今なお働き場を求めて苦闘を強いられている人たちがおられるのではなかろうかと大きな懸念を禁じ得ません。

一方、皆さんの本学における学習・研究環境もまた、決して満足のできるものではなかったでありましょう。社会の急速な変化や国家経済の凋落が大きな要因と考えられますが、大学、ことに国費によって営まれている国立大学の在り方が厳しく問われ、国の行財政構造改革の一環として国立大学の独立行政法人化が政府の施策として推し進められつつあります。本学も一国立大学として、このことに誤りなく対処するために、国立大学の設置形態が如何様に変更されようとも、国際的に認知され評価され得る大学に成長し得るよう、変革の努力を傾注しつつあります。先生方は日常の教育・研究活動に加え、職員の方々と共に、日に夜をついで熊本大学をより良く導くための厳しい作業に従事しておられます。

このように皆さんは、自身の学び舎である本学の内にあってもまた外にあっても、たいへん不安定な激動の最中に学生生活を過ごされたのであります。にもかかわらず、状況を常に適切に捉え、直面する困難を良く克服しつつ修養を積み今日を迎えられたことに深く敬意を表する次第であります。

時に、わが国の行く末を、また人類の未来を皆さんはどのように描いておられるのでしょうか。思慮深き人は、困難に直面した時にこそ、冷静にその状況の的確な把握に努め、熟慮を重ねて克服すべき問題に対処します。恐らく、皆さんも、本学での学園生活を通して、今、社会が何を求めているのか、日本の国は如何に在るべきか、人類の健やかな発展のために何を為すべきか、といった課題について思索し、自己の進むべき道を定め、今その第一歩を踏み出すべく決意を新たにしておられることであろうと思います。

本日を機に社会人となられる皆さんは、好むと好まざるとに関わりなく、大きな期待と責任を背負わされたこれからの社会の担い手であり、皆さんの一挙一動が将来の日本、しいては国際社会の在り方を左右するに相違ありません。

改めて考察するまでもなく、私たち人類は克服を迫られている様々な難題を抱えております。温暖化に象徴される地球環境の問題をはじめ、先進諸国社会の急速な少子高齢化、それと裏腹な途上国のアンバランスな人口増加、新しい形で急増しつつある民族紛争、経済のグローバル化等々枚挙に暇なく、これらの諸問題はどれ一つ取りましても、その克服は容易なことではありません。

とは言え、遠く私たち人類の歴史を振り返ってみますと、人類はこれまでに幾度となく、時々の世の人々を『この世の終焉』とまで悲観せしめる危機を克服してきました。それを可能にしたのは、何人にも付与されている“良心”と“叡智”であり、互いに他を慈しむ“慈愛”であります。

問題を悲観的に捉えれば絶望にさいなまれ手出しができません。さりとて、楽観視しすぎれば対処を誤るでありましょう。問題の因果を冷静に深く洞察し、何事も“一期一会”の気概を込めて勇気果断に対処することこそが最善の道であり、今やこのことが、“智”と“教養”を身につけ、“真のエリート”としての意識を確立された皆さんの全てに託されているのであると私は確信するのであります。

どうか、これからは健康に十分留意され、決して焦らず、衒わず、そして憶することなく、また初心忘ることなく、「今何を為すべきか」と日々問題意識を新たにして、“志”の実現に立ち向かっていただきたく、強く希望いたします。

最後に、熊本大学は、2、3年内には国立大学法人として再出発することになりましょう。私たち熊本大学人は、それに向けていっそうの努力が必要でありますし、法人化後の本学にとりましては、卒業生の皆さんの力強い支援を必要といたします。皆さんの後輩達が安堵して学業や研究に専念できる熊本大学にするためにも、幾久しく本学を応援下さるよう切にお願いいたします。

皆さんのご活躍を祈念いたしますと共に、ご卒業を重ねて心からお祝い申し上げ、祝辞とさせていただきます。

おめでとう。


熊本大学長 江口 吾朗




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