平成13年度 熊本大学入学式 式辞

21世紀最初の春、本日ここに、部局長はじめ教職員各位と共に、熊本大学第53回入学式を医療技術短期大学部第25回入学式と合わせ執り行うことが出来ますことは、本学にとりまして最も喜ばしいことであります。熊本大学を代表し、大学院学生及びはるばる海外からの留学生諸君を含め、2822名の皆さん一人ひとりを心から歓迎いたします。

また、皆さんが恙無く今日の記念すべき日を迎えられましたのは、皆さん自身の努力に加え、皆さんを支え励まして下さったご両親やご家族、先生方や諸先輩、あるいは学友達、数多くの方々の有形あるいは無形のご協力とお力添えの賜物であります。皆さんと共に、慶賀の念を込め深く感謝したく存じます。

皆さんが選ばれた熊本大学は、法文学部、教育学部、理学部、工学部、医学部、それに薬学部の6学部からなる総合大学として、1949年(昭和24年)に創設されました。爾来、幾度かの組織改革を重ねて発展を遂げ、現在では、文学、教育学、法学、理学、医学、薬学、工学の7学部と理学部と工学部を除く5学部に併設された大学院研究科及び理工系の大学院博士課程自然科学研究科を主要な組織とし、発生医学研究センターをはじめ多くの近代的な全学的センターを設置して、教育と研究を活発に営んでおります。

確かに、総合大学としての歴史は決して古くなく、漸く半世紀を過ごしたところでありますが、各学部の沿革を辿りますと、いずれも明治中期以降の我が国の高等教育を担い、国家及び社会に大きく貢献した数多くの人材を育んだ学舎を継承しており、そのよき伝統と活力は今なお脈々と受け継がれているのであります。我が国の発展を支えた数多くの逸材が学んだ旧制第五高等学校の校舎や同高等工業学校の実験工場などを、100年以上を経た往時の姿のまま、国の重要文化財としてキャンパス内に保存し活用している大学は、99国立大学中唯一本学のみであります。この事実をもってしても、本学の日本の大学としての歴史の深さを伺い知ることができ、皆さんもこの点を正しく認識し誇りとしていただきたく思うのであります。

時に、皆さんは21世紀の初年度に熊本大学の一員となられました。それぞれに、新しい世紀に何事かを期しておられることでありましょう。顧みるまでもなく、前20世紀は人類にとって文字通り激動の100年でありました。世紀の前半は産業革命の波が全世界に及び、国際経済の飛躍的発展がもたらされました。しかし、一方では、経済競争の軋轢が要因となって生起した2度もの世界大戦争が人々を混乱と悲惨に陥れました。ことに2度目の世界大戦前後の武器競争は、結果的には、様々な新技術を派生させましたが、瞬時に大都会を不毛の焼土と化す悪魔のごとき核兵器を遺しました。

ジェット旅客機、原子力発電所、はたまたテレビジョンなどは、いずれも第2次世界大戦の申し子と言って過言ではなく、20世紀後半は人類がこれらの利器を最大限に活用し、あくことなく物質文明を追い求めた半世紀であったと総括できましょう。

このような20世紀人類の不遜で独善的な営みは、僅か50年足らずして、回復不可能なまでに地球環境を傷付け、南北間の格差を著しく拡大したのでありました。また、第2次世界大戦後に急速に栄えた共産主義イデオロギーにを拠り所とした社会主義の国々は、為政者への権力と富の集中、それに秘密警察国家体制が善良な人々を苦しめ、『労働の対価としての富の平等配分』を実現させることなく相次いで互解し、新たな民族抗争を招来したのでありました。21世紀は、これら20世紀の人類社会が遺した課題がことごとく克服され、人類に真の平安が再び蘇る100年であって欲しいと願わずにはいられません。

国内に目を転じますと、前世紀80年代に日本の経済はいみじくも“バブル経済”と呼称されるほどの異常な発展を遂げましたが、もとより不健全な経済の営みは長続きする筈もなく、程なく破綻を迎えました。その後遺症は極めて根深く社会を蝕み、今日に至るも尚その予後には予断を許すことが出来ません。近年の少年達による悲惨な犯罪の勃興もまた、このような不健全かつ不安定な社会の有り様と決して無縁ではありません。加えて、社会の急激な少子高齢化、多様化、それに国際化、情報化といったことに伴う諸問題など、今日の私たちに克服が迫られている課題が山積しているのであります。

このように過酷な課題を内蔵する社会的変化が必然的に高等教育の在り方にも影響を及ぼすことは言うに及びません。ことに、国費によって営まれる国立大学には、その役割が厳しく問い直され、より積極的に社会貢献できるよう変革することが、強く要請されています。現在、行政府で検討が進められている“国立大学の法人化”の問題も、国家の行財政改革の施策の一環なのであります。

とは言え、大学が本来果たすべき役割、すなわち“100年先を見据えて人を育み、時々の社会が必要とする知恵を蓄え発信する”ことを怠っては大学は大学たりえません。本学にありましても、この点を特に深く留意し、真の大学の在り方を大切に維持しつつ、より積極的に社会に貢献し得るよう、自らの手で変革に努力を傾けているところであります。皆さんは、本日只今からまぎれもなく熊本大学の一員であります。己自身が身を置き学ぶ熊本大学のあるべき姿についてはひたすら強い関心を注ぎ、本学のより良き変革と発展に力強く協力していただきたく、強く希望いたします。

改めて言及するまでもなく、時移れば人も社会も変化します。しかし、人々や社会の未来をより良く変えていくために、何事かを為そうと志す皆さんのような若人達の「心根と気概」はいつの世も不変不動であると私は確信しております。こもごも列挙いたしました困難な条件は、“問題を強く意識している”若者達を決して怯ませるものではなく、むしろ、より力強く勇気づけるに相違ないと、今、若く溌剌とした皆さんを前にして希望を新たにしているところであります。また、本学の教職員は、皆さんのような情熱と気概に漲る若者達のために役立とうと、誠心誠意献身下さるであろうことも、私は確信しております。

熊本大学こそ、皆さん自身の『問題意識』に根差した、主体的かつ自発的な学びの意欲を教職員が誠実に受け止め、互いに切磋琢磨して、皆さんの一人ひとりに潜在するタレントとアクティビティーを導き出してくれる学舎であることを敢えて強調したく存じます。どうか、眼前の難題に臆することなく対峙し、「今何を為すべきか?」を常に問い、『21世紀の人類社会に再びルネサンスを!!』といった大きな希望と目標を掲げ、あくまで若人らしく、健康で明るく大らかに、互いに他を慈しみ、日々、明日に夢をつなぎ得るような学園生活を築かれるよう切に願い、お祝いと歓迎の言葉とします。

熊本大学長 江口 吾朗



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