点と点をつなげる新しい発想で健康長寿に寄与する

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細胞と線虫の研究をつないだ新しい観測手法

健児くん(以下◆):今回発表された、線虫を使った健康寿命の測定手法の開発とはどんな研究ですか?

首藤先生:きっかけになったのは線虫の寿命を測定する新しい方法はないか、という発想です。
線虫は、体長が1ミリほどの動物。小さい動物ですが、人間と同じように多細胞からなり、神経、骨格筋、脂肪など、人の健康を考える上で重要な臓器が揃っています。マウスやショウジョウバエと同じく、生存率や寿命のスパンも人間と同じパターンになることがわかっています。さらに、線虫では寿命を制御する因子や健康に影響を与える因子が見つかっていて、なにかの薬を投与して、それが線虫の寿命や健康に影響を与えれば、人に対してもなんらかの影響がある可能性が高いんです。

線虫の寿命研究は長くやられているのですが、その研究手法はシャーレの上にいる線虫を毎日1匹ずつつついて、動いているかどうかを測定するというものでした。1つのシャーレには100匹くらいの線虫がおり、手間も時間もかかる作業です。
これをなんとかできないかと考えているときに、いつも細胞の実験で使っているインキュサイト(IncuCyte)という測定機器を使うことを思いつきました。これは、一般に、細胞培養の際に使う装置で、細胞がどのくらい増えていくかを観察するために自動的に一定時間おきの写真を撮影してくれます。この装置に線虫が入ったシャーレを入れ、12時間ごとに写真を撮影するんです。線虫はよく動く動物なので生きていれば同じ場所にはいません。撮影した写真を重ねていけば、線虫が同じ場所にいるか、いないかを確認するだけで、生きているか死んでいるかがわかります。

◆:寿命だけでなく、健康寿命もわかるようになったんですよね。

首藤先生:写真を観察していて気づいたんですが、線虫の中に、頭と尻尾の部分だけが重ならないけれど、体の大部分が重なっているものがいて、その線虫を観察していくとその後必ず死ぬんです。つまり、線虫には元気に動いている時期といわゆる寝たきりの状態になる時期があって死ぬという3段階があるんじゃないかな、と。しかも、画像を比較する手法でそれが判別できるということがわかりました。
動きが悪くなった線虫を追いかければ、1匹ごとの線虫について動かなくなるまでにどのくらいかかって、その後どのくらいで死ぬのかがわかります。これは、線虫の健康寿命と不健康期間(生きているけど、活動的に動けない期間)が測定できるようになったということです。

この観察結果を基に、個体ごとの線虫の状況を統計的に分析しました。すると「健康寿命が長くて不健康期間が短い」「平均的」「不健康寿命が明らかに長い」「不健康期間は短いけど寿命も短い」という4つのグループに分けられることもわかりました。このような分類は、人間にも当てはまりますよね。個体レベルで解析すると人間も線虫も同じような健康寿命のパターンがある、ということがわかったんです。


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人間の健康状態を線虫で評価したい

◆:線虫も人間も同じなんですね!


首藤先生:もう一つ面白いこともわかりました。人間は食べるものが変わると、健康状態が変わります。というのは健康を左右する大きな要素である、腸内細菌に影響するのが食べ物だから。大切なのは腸内細菌の多様性で、多様性が減ることでこんな病気になる、ということもわかってきています。例えばいつも同じ弁当ばかりを食べていたら、その弁当が好きな細菌だけが増えて・・・結果として、腸内細菌の多様性が失われてしまいます。

線虫にも腸内細菌がいると言われていて、人間と同じように、どんなものを食べるかで4つのグループの割合が変わることがわかったんです。
例えば健康寿命を伸ばすことがわかっている薬を線虫に投与すると、健康集団が劇的に増加して、不健康集団が減少します。つまり、線虫を使って実験すれば、薬や健康食品について、集団レベルでの健康寿命に与える効果を評価することが可能になるんです。

将来的には、この技術を応用して、ヒトの健康寿命を評価することができないか、と考えています。個人の健康寿命ポテンシャルを線虫に評価させる、というようなことです。このようなことができるようになれば、薬や健康食品を販売・購入する側にメリットがあるだけでなく、多くの人々の健康の意識づけに繋がり、健康社会を浸透させることに寄与できるのではないかと思うんです。

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健康への興味とアート思考から生まれる「自分にしかできない」アイデア

◆:将来が楽しみですね。このような発想はどこから生まれたのでしょうか。

首藤先生:実は、私、若い頃からいろんな病気をしてきました。20代で痛風になったり、肝臓や脾臓が腫れていると言われたり。これだけいろいろ経験すると、いつまでも健康を過信してはいけない、ということを考えるわけです。
そんな健康への興味に加えて、世の中の人々が「寿命」を平均寿命だけで語っているのを見て、疑問に思ったんです。本当に大切なのは、平均寿命ではなく、寿命の質(健康寿命の質)なのにな、と。人生100年時代と言われますが、みんなが健康に80歳を迎えられるわけではない。60歳で動けなくなって入院してしまえば、人生設計は大きく変わってしまいます。大事なのは健康寿命を伸ばすこと、どうしたら健康でいられるかを考えるきっかけとして、健康を解析する手段がないかな、と思うようになったんです。

でも今回のやり方は、誰でも考えつくものではなかっただろうとも思います。ここで出てくるのが「アート思考」と言われる考え方です。ここでいうアートは、ただ美しいものを生み出すということではありません。特に近現代のアートに求められているのは、自分なりの視点やゴールを設定して、そこに向かって作品を作るということ。アートを周辺において、ものの本質を見極めて、自分なりの視点や感性を養っていくという考え方が重要です。

私は、長年、甲斐広文先生(本学大学院生命科学研究部(薬学系)教授)に師事し、様々な研究テーマ(肺疾患、腎疾患、神経疾患、薬理学、物理刺激、天然物など)に携わってくることができました。その際、常に意識したのは、ユニークさ(オリジナリティ)とは何か、ということです。今回の研究も、自分らしい、なにか面白いことができないかと考え、周囲にあるいろいろな”点”と”点”をつなげた結果だと思っています。世の中にたくさん落ちている”点”に気づき、つなげられないかと考えてやってみる。そこに、その人ならではの力や考え方が関わってくるんだと思います。そのような考えに、同調して一緒に頑張ってくれる大学生・大学院生に感謝ですね。

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いろいろな方向にアンテナをはって、チャレンジしていこう

◆:学生さんたちにメッセージをお願いします!

首藤先生:私にはこれまでに、いくつかのターニングポイントがあったと思っています。貴重な出会いや出来事をしっかり掴んで、チャレンジできたことが今につながりました。
若いみなさんも、大事な時期にそこに気づけるよう、いろいろな方向にアンテナをはっていてもらいたいと思います。そして、引っかかったものにはチャレンジしていく行動力を持っていることが大事です。これは、大学だけではなく、人生のいろんなところで起きることです。

そして、自分の健康をしっかり考えようということ。健康は日頃私たちが口にする食事や運動・睡眠などの生活習慣によって支えられているんです。驚くかもしれませんが、健康は、ある意味「遺伝する」とも言われています。健康に対する考え方をヘルスリテラシーと言いますが、子供は親のヘルスリテラシーに基づく食生活や生活習慣を送るので、そういう意味で、人の健康は「遺伝する」んです。だからまずは健康でいるために、自分の食べ物や行動について考えてもらいたいんです。

そうすれば、健康寿命は伸びていくはず。働ける期間が80歳までになれば、短いスパンで仕事を変えてみたり、新しいことにチャレンジしてみようという気持ちも生まれます。そんな生き方になれば、人生はもっと豊かに、楽しくなると思いますよ。しかも、高齢化社会の問題解決にも貢献できる!よいことばかりです。私もまだ40代前半。人生半分にも辿り着いていない。あと40年も働けるぞ、という思いで頑張っています。



※ 研究内容をより詳しくお知りになりたい方は下記をご覧ください。
>線虫を使った健康寿命のミニ集団解析―健康寿命を延伸する物質や遺伝子の探索を可能に―(熊本大学プレスリリース)
 https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/seimei/20210104
>「物質が持つ個体の”健康寿命”への影響を短期間で調べる技術」(新技術説明会、youtube channel)
 https://www.youtube.com/watch?v=6nYvF0yRi7A

(2021年2月18日掲載)

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総務課 広報戦略室

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