ES・iPS細胞で臓器を作製し再生医療実現を目指す

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薬学部から飛び込んだ発生医学研究

image02.jpg ◆:先生が発生医学を研究なさったきっかけとは何ですか?

白木:熊大薬学部在学中に、医薬品を中心にさまざまな化学物質の体内での動きと薬理効果、毒性の発現などを調べる“薬物動態”の研究に取り組んでいました。妊娠しているラットから肝臓や腎臓を取り出して解析する中で、日を追うごとに胎児の成長の度合いが全く違っていることに気付き、発生医学に興味を持ったのがきっかけです。

ちょうど博士課程2年のときに、発生生物学の粂 昭苑先生が熊大発生研に赴任されると知り、「ぜひ研究室に」と門を叩いたんです。当時は、動物由来やヒト由来の胚性幹細胞(ES細胞)の登場で再生医療への期待が高まっていましたが、実際に再生医療が実現するのはまだ遠い未来のことだと考えられていた時代でした。

◆:一見似ているようで、全く異なるフィールドでの研究スタートですね。

白木:全てが新しいことばかりでした。何もバックグラウンドのない人間を手取り足取りしながら0から育て、助教として学生を指導する立場にまでサポートしていただいたことは、粂教授には本当に感謝しています。研究室で培ってきた研究や実験のコツなど、私自身が得てきた知識も併せて、新しく入る学生たちに一つずつ還元していきたいですね。当時から粂先生によく言われていたのが、「研究は楽しくやるべきだ」という言葉。周囲とのコミュニケーションを十分に取りながら、自分自身が楽しいと思えるような研究をやらなくてはいけないということです。研究の“楽しみ”とは何なのかは、入ってきたばかりの学生にはなかなか分かりませんから、小さな課題をクリアして成功体験を積み上げていく中で、見つけていけるようなサポートも大切だと考えています。

すい臓前駆細胞作製から肝細胞分化誘導へ

image03.jpg ◆:発生研で最初に着手された研究とは?

白木:博士論文のテーマとして取り組んだのは、マウスES細胞からすい臓の前駆細胞を作製する方法です。胎児マウスのすい臓細胞と一緒にマウスES細胞を培養する方法で、期待通りの成果を得たのですが、その方法は煩雑なものでした。そこで胎児マウスのすい臓細胞の代わりに、別の細胞を分化誘導の指示細胞として用いて、マウスES細胞からすい臓の前駆細胞に分化させる研究を進めました。当時手に入れることができた十数種類の細胞株を培養し、スクリーニングしていった結果、腎臓関連の細胞である「M15」と一緒に培養することですい臓前駆細胞を作製する方法を確立することができました。

さらに「M15」から発現していた物質を解析し、ES細胞の分化効率を高めるために作用する液性因子を特定して、各因子の組み合わせを研究した結果、それまで2%だった分化誘導率を30%にまで向上させることに成功したんです。それを論文にまとめて「Stem Cell」誌に報告しました。

◆:その後、マウスとヒトそれぞれのES細胞を肝細胞に分化させた研究も発表されましたね。

白木:すい臓前駆細胞の作製であらゆる検討を行う中で、“すい臓ができない条件”もわかりました。そこですい臓になれなかった細胞に着目して顕微鏡で見てみると、肝臓や腸の一部ができていたんです。ならば、肝臓や腸へより効率的に分化誘導するにはどうすればよいか研究を進めました。すい臓と同じく、肝臓や腸は内胚葉由来の臓器ですから、ES細胞から内胚葉を作った後に培養液を切り替えることで、肝細胞への分化誘導に成功しました。

◆:失敗を成功へと導いた成果だったのですね。

白木:研究では、失敗することにも大きな意義があります。すい臓を作ることが目的だけど、できなかったらその原因を考えることが大切で、そこからわかることがたくさんあるんですよ。

再生医療に役立つ臓器の作製に向かって

image04.jpg ◆: この4月には、人工多能性細胞(iPS細胞)やES細胞の分化などにメチオニンというアミノ酸が重要な役割を担っているという発表が注目を集めました。

白木: 4年間集中して研究した成果をまとめて、「Cell Metabolism」誌に報告しました。アミノ酸の代謝について研究した中で、ヒトES・iPS細胞はメチオニンを特に必要とする細胞であることが分かったんです。そこでメチオニンを含まない培養液で、未分化のヒトES・iPS細胞を培養すると、5時間程度経過した段階で増えなくなることが明らかになりました。さらに24~48時間経過すると、ヒトES・iPS細胞は死んでしまうことも分かったんです。また、同様の培養液に10時間程度培養した後に、メチオニンを含む通常の培養液で培養すると、分化効率が最大3倍程度向上するという結果を得ることもできました。

ヒトES・iPS細胞を使った再生医療を実現するには、良性腫瘍の一種であるテラトーマを形成してしまう未分化の細胞をより分けることが大切です。メチオニンを使った手法では時間を長く置くことで未分化の細胞をより分け、さらに手法を変えれば分化促進もできることから、使い勝手のよいツールになるのではないかと考えています。

◆:再生医療実現に向けて、日進月歩ですね。

白木:現在、すい臓の再生医療研究では、糖尿病治療に欠かせないインシュリンを分泌するすい臓β細胞の前駆細胞を移植して、体内で成熟させて治療するような方向性も考えられています。しかし、私自身は最後までインシュリンを産生する機能的なすい臓を試験管の中で作ることが目標であることに変わりありません。肝臓・腸の研究は薬物安全性試験に利用できるモデル細胞の作製を最終目標として研究を進めています。再生医療に使えるレベルの臓器をヒトES・iPS細胞から生みだすというゴールに向かって、これまで進んできました。

再生医療に関しては、これからは移植後に症状を改善できる“質”を持つ臓器の作製と、“質”を伴う臓器を大量培養し“量”をどのように確保するかが、重要になりますね。“質”を高める研究機関と“量”を生む装置を開発する企業などの共同研究が重要。秋には「加齢黄斑変性」という目の難病を対象とするiPS細胞初の臨床試験が始まります。その動きが今後の再生医療の未来を指し示すカギになるのではないかと期待しています。

◆:いよいよ再生医療の扉が開くんですね。これからも皆の健康のためにがんばってください。ありがとうございました。

(2014年7月11日掲載)

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