ワクワク!心躍る瞬間が、研究者の特権

WEBマガジン熊大なう。

インタビュー担当の健児くん!

発生医学研究所 粂和彦准教授

睡眠メカニズムの解明に向けて

「研究は、とにかく楽しい!」と語る粂先生 健児くん(以下:◆):先生は睡眠に関する研究をなさっていますが、なぜショウジョウバエを使って研究しているんですか?
粂:ショウジョウバエは、10日で卵から成虫になるライフサイクルの短い生物で、育てやすいこと。そして100年以上前から遺伝学の研究に使われていて、2000年には ゲノム解読(*) が終了しているんです。 遺伝子の突然変異もたくさん知られていて、一つの遺伝子が変わるだけで、目や体の色が違ったり、羽の形が変わったりするので、優れたモデル生物なんです。
◆:どうして睡眠を研究テーマに選んだのですか?
粂:最初は、がん遺伝子に興味があり、大学院では、がん遺伝子を研究するラボに入り、細胞周期と分裂の仕組みについて調べていました。その後、留学をした時に、私たちの体内にある“生物時計”の研究を始めました。その24時間周期の“生物時計”が支配する行動で、最も重要なものが睡眠なんです。
◆:睡眠が体のリズムに深く関わっているのは、そのためなんですね。
粂:そうですね。生物時計の研究の発展を考える中で、人の本能行動なのに研究が進んでいない睡眠という分野に着目しました。ハエは1日の約70%は寝ているんですが、研究室にたくさん飼われてたハエの中で、あまり寝ないハエを偶然発見したんです。「もしや、ハエの不眠症!?」と思い、研究すれば人間の睡眠メカニズムの解明にもつながるのではないかと、ワクワクしましたね。

*ゲノム解読・・・生体の遺伝子情報の配列をすべて読み取り、明らかにすること

世界初!“不眠遺伝子”の発見

ショウジョウバエの活動度計測器 ◆:そして、ハエが眠らない原因である“不眠遺伝子”を世界で初めて特定したんですね。
粂: 「fumin(フミン=不眠)」と名付けたそのハエは、外見に変化はないものの、ある遺伝子に変異があることを見つけました。脳では神経細胞(ニューロン)同士の間で情報をやりとりするために神経伝達物質が使われます。その一つであるドーパミンは目を覚ますときに作用する物質です。そのドーパミンの放出量を少なく調整している遺伝子の働きが欠損しているから、フミンは眠らないことが分かったんです。要するにドーパミンが多量に放出されて、覚醒作用が強くなって、眠れなくなってしまうんですね。つまり、ハエもヒトと同じようにドーパミンを覚醒制御に用いていることがわかったんです。現在では、ドーパミンが記憶に大切な働きをしていることも明らかにされてきました。
◆:では、ハエもいろんなことを覚えているんですか?
粂:そうですね、例えばおいしい匂いが漂うけれど、壁に触れると感電する実験器具に誘導すると、一度痛い目に遭えばその匂いには近づかなくなります。ドーパミンは、「うれしい」「快い」あるいは、「とても辛い」などの強い感情(情動)を感じたときにたくさん放出されるので、感情的な出来事に対する記憶を強く残します。みんなが、うれしいことや、とても悲しかったことをよく覚えているのは、そういう訳なんです。
◆:目を覚ますことと記憶を強く残すことが、同じニューロンの作用なのですか?
粂:最初は、私たちも同じニューロンの働きだと思っていました。ところが、ハエには約200個のドーパミンを放出するニューロンがありますが、そのうちの数個ほどが、目を覚ますために作用することが分かりました。また、記憶するために働くニューロンを刺激しても、目を覚まさないことも明らかになったんです。つまり、睡眠と記憶がそれぞれ別の神経回路で制御されていることがわかりました。その結果、眠っている状態でも学習できる可能性が出てきたんです。人間でも、睡眠中に脳へ情報を届ける入力方法が開発されれば、睡眠学習が実現できる。未来は、みんな眠りながら勉強しているかもしれませんよ。

研究は自分のため、医療は社会のため

診療中の粂先生 ◆:先生は、病院で睡眠障害の診療もなさっていますね。研究者である一方で、医師として臨床の現場に立つのはなぜですか?
粂:熊本に来た当時、睡眠の専門医が一人もいなかったので、少しでも役に立ちたいと思い診療に携わるようになりました。基礎医学研究をして行く上では、社会の現実を知ることや第一線の医療を見ることが必要だと思っています。また、私自身が自分の人生を楽しんで生きるために、そして研究者として広い視点を持つためにも大切なことなんです。研究は自分のため、そして医療は社会のため。週に半日だけでも社会貢献できる意義は大きいですね。
◆:先生は、大学院社会文化科学研究科で倫理学も教えておられますが、研究者と医師、それぞれの立場では価値観も違ってくるのでは?
粂:例えば、研究の判断基準は「正しいか、正しくないか」であり、医療における社会的価値観は「善(よ)いか、悪いか」。科学で正しいことが、常に道徳的に善いとは限りません。「科学は社会に何ができるのか?」を考えて提案するのが倫理学の役目だと考えています。たとえば、不老不死を目指すのは人間の性ですが、「本当にそれでいいの?」と皆で考えたり、話題のiPS細胞などを使った再生医療についても、科学と社会の関係から考えていきたいですね。
◆:先生にとって研究の醍醐味とは?
粂:研究の中で得たデータや結果は、自分だけのもの。最先端のことを、世界で自分だけしか知らない瞬間があるんです。 そのワクワク感は研究者ならではの特権ですね。そして、小さなデータから大きな発見が生まれる可能性こそ、最大の魅力なんですよ。
◆:心躍る瞬間を探しているのですね。僕も研究してみたくなりました。

(2013年2月6日掲載)

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