平成16年度入学式 式辞

崎元 達郎 学長 皆さん、ご入学おめでとうございます。

本日ここに、理事、部局長、教職員各位と共に一同に集い、熊本大学第56回入学式、国立大学法人熊本大学としては記念すべき第1回の入学式を執り行うことができますことは、本学にとりまして大変喜ばしいことであります。大学院学生および諸外国からの留学生を加え、総勢2,849名(平成16年4月1日現在)の若き血潮みなぎる諸君の一人ひとりを心から歓迎いたします。また、入学を果たされた皆さんの研鑽と努力に敬意を表し、その志を支えてくださった親御さんや先生方に深く感謝しつつ、心よりお慶び申し上げます。

本学は、明治中期以降の高等教育を担ってきた第五高等学校等をその前身とする総合大学であり、百有余年の永きにわたり、その教育と研究により日本の文化、科学技術、医療、教育の発展に貢献してきました。

特に近時は九州では二つ目の人文社会系の博士課程である社会文化科学研究科の設置、医学・薬学系大学院の再編による医学薬学研究部の設置、医療技術短期大学部の四年制化による医学部保健学科の設置、専門職大学院としての法曹養成研究科の設置等、充実と躍進を続けており、保健学科と法曹養成研究科には本日記念すべき第一期生を迎えたわけです。誠に喜ばしくめでたいことであります。教育面におきましては、夏目漱石にちなんで名付けたSOSEKIという学務情報支援システムの開発プロジェクトが文部科学省の「特色ある教育プログラム」として選定されていますし、研究面においては生命科学と工学の分野でそれぞれ一つ、計二つの世界的教育研究拠点(21世紀COE)として選定されるに至っています。

私ども教職員は、このような歴史と伝統と実績を有する熊本大学で教育・研究・医療に従事できることを誇りに思っていますが、諸君も是非誇りに思い胸を張っていただきたいと思います。

私どもは、諸君に国際水準の教育を授けることをお約束し、知を継承し創造する研究を諸君と共に行うことを望んでいます。皆さんも、春の桜、初夏の楠若葉、秋の銀杏の黄金色に輝くキャンパスで、豊かな文化を育むために何を成すべきか、今、社会が何を求めているのか、日本の国は如何にあるべきか、そして、文明の衝突とも言うべき国際紛争の中の世界に何を発信すべきか・・と言ったことに思索を深めて頂きたいと思います。

今、諸君は、意気揚揚と高ぶる気持ちを押さえきれずにいると思いますが、大学に入って何をしようと考えていますか?

大学は、"生きる力を自分で養う所"であると私は思います。"生きる力"とは何でしょうか? 在学中に獲得してほしい"生きる力"として、私は次の四つを挙げたいと思います。

それは、1)自らと他の人の人権が尊重でき自らの行動に責任のとれる個人としての自立、2)専門家として創造的に考える力、3)人間としてどのように生きるかという考え方、方針の基礎の形成、そして4)情報化、グローバリゼーションの中での国際的素養 の4つです。この4つの力を養うためには「生きる意欲」が必要です。どうも皆さんの先輩を見ていると「生きる意欲」が希薄な人が多く、行動できない人が多いようですので、この点を良くお話ししておく必要があると思います。

さて、皆さんは充分な動機をもって入学してこられたのでしょうか?入学の動機として、「なんとなくこの分野、この学科が面白そうだから」又は、「ある科目やある分野のことが好きで(得意だったから)もう少し勉強したいと思ったから」あるいは、「ある分野が将来有望である、就職等に有利であると誰それに勧められたから」などを挙げる人は要注意です。少なくとも「将来自分に合ったこれこれの仕事や夢を実現したくて分野・学科を選択した」くらいの答えが欲しいものです。動機不充分の人は、物事に積極的に取り組んで行けない状況すなわち"モラトリアム"に陥ります。"モラトリアム"からの脱出が課題となる人は多いと思います。"モラトリアム"からの脱出方法は「生きる方向性の確定」と「生きる原動力を得ること」のようです。

今までにも、それなりに自分を見つめることをされてきたと思いますが、受験勉強に追いまくられて十分に考える時間が無かったかもしれません。仕方がありません。大学生活の中でも「自分探し」を継続してください。そのためにはぼんやり時を過ごしてはいけません。できるだけ「行動」して限界状態を数多く経験する必要があります。その中で自分の性格を見つめ人間としての自分を追及する必要があります。その結果、自分はどのような人間で、何を求めているのか、何がしたいのか、どう生きれば自分で満足できる生き方ができるのかが少しずつ見えてきます。「何でも見てやろう」「何でもしてやろう」という気持ちを持ってとにかく「行動」することが重要です。

生きる原動力には金銭、名誉、権力等への欲望から知的好奇心や夢の実現等まで種々のものが考えられますが、その善し悪しは別にしてこれが無い人、希薄である人が問題です。

私の学生時代の友人で自分にとっては異性の存在が生きる原動力であるといってはばからなかった人がいましたが、一理あると思いました。また、劣等感を原動力に世界チャンピオンになったプロボクサーもいます。また、高校卒業後、独学で建築を学び世界を一人旅して、人間と芸術、文明について思索を重ねた建築家・安藤忠雄氏(東京大学教授)はある対談で、「巡礼たちが死への旅路を求めてやってくるインド・ガンジス河畔の聖地ベナレスで、屍(しかばね)の山を見た時腹をくくることができた。所詮、死んでいくのなら精一杯思い通りに生きたいと」と述壊しています。永く日の目を見ない苦渋の下積み生活の中での開き直りです。

私も学生時代、生きる方向性を定めた上、ある種の人生に対する「あきらめ」と「開き直り」により生きる原動力を補強しました。誰が言ったか「人生、生きているだけで丸儲け」的な開き直りからの出発であります。

以上、まとめると「大学生活の目標・目的・あるいは将来を生きる方向性だけでもできるだけ早く確定して行動に移して欲しい」と言うことです。目標・目的を達成しようと努力しているプロセスそのものが、充実感を与え、小さな達成感がまた生きる原動力を発現させるというサイクルが生み出されることを感じ取っていただきたいと思います。

「時間のみが人々に平等に与えられたものである。」という言葉は重い意味を持っています。皆さんは"若さ"という貴重な宝物を持っています。皆さんと同じ年の人達が芥川賞を取る時代です。皆さんの可能性は無限大であります。大学では2ヶ月弱の夏休み、2週間の冬休みがあり、また3月の1ヶ月は授業がありません。合わせて4ヶ月程度の休みが毎年あります。これらの休みを計画的に使うことです。この計画の中に海外にでる計画を是非盛り込んで下さい。国際的素養を得る事以外にモラトリアムに陥らないため、また、モラトリアムから脱出するために絶対に役にたちますから是非実行して下さい。大学院修士課程の方・3年次編入の方は2年、博士課程の方は3年、学部生は4年間ですが、4年間と言えども長いようで過ぎてしまえば短いものです。

卒業した先輩が「大学時代にもっといろいろしておけばよかった。社会に出たらとても学生時代のような自由で豊富な時間はありません」というのが常です。諸君が悔いの無い学生生活を送られることを心から祈っています。

ご存知のように熊本大学はこの4月1日より国立大学法人熊本大学として新しく出発しました。今年から始まる6年間の中期目標・中期計画には「熊本大学はこのような良い教育をします。」「研究ではこのように努力します。」ということを宣言しています。従って、皆さんにもより良い教育を提供し、皆さんと共に世界的な研究を目指すことになります。これらのことは、学生の皆さんと一緒にやっていかないと達成できないことが多いですので、共に頑張っていただきたいと思います。皆さんと共に地域に根ざし世界に発信する熊本大学を創っていきましょう。

皆さんは、合格発表の日に自分の受験番号を目にした瞬間を鮮明に記憶されていると思います。この鮮明な記憶は私の経験からしてもほぼ一生残ります。この感激を大事にしてください。皆さんが、今の気持ち、初心を忘れず、志を高く持ち続け、卒業の時に悔いを残さないよう、毎日に全力を投入して行動し、楽しく有意義な学生生活を送られますことを切に希望いたします。

平成16年4月4日

熊本大学長
崎元 達郎