青いペンが描き出す無限の可能性~空想建築~ 熊本大学大学院先端科学研究部 田中 智之 教授
モノや自然はいろんな可能性を秘めていることを伝えたい
健児くん(以下、◆):「田中智之の解体新書展[空想建築]」とはどんな企画展なのですか?
田中先生:空想建築というタイトルの通り、空想の世界の建物を描いた作品展です。実際の建築やまちづくりは、いろんな制約や法的な規制等があって、自由で新しい空間をつくりづらい面があります。その点、紙の上では自由な表現ができる。それを描くことで、観る人が刺激を受けたり、楽しい発想が浮かんだりするきっかけになればいいなと思って企画しました。
◆:ビル群や建物の外壁を透視して、複雑な都市空間の構造や建物内の多様な空間が青ペン1本で出現していく「タナパー」が生まれた経緯を教えてください。
田中先生:「タナパー」とは「田中パース」の略称で、パースとは建築物を立体的に表現する図法のことを指します。通常は、外観と内観を分けて描くことが多いのですが、実際の空間を理解するには、頭の中で外観と内観を合成して3次元の空間に組み立てる必要がある。「外側と内側を同時に表現できたらわかりやすく、おもしろいのになぁ」と中学生の頃から考え、ウーロン茶の缶を透過した絵などを描いたりしていました。
教室の黒板の上に空を映す窓 母校の校舎に魅せられて建築の道へ
◆:先生は、なぜ建築設計や都市デザインを研究のテーマに選んだのですか?
田中先生: 建築・設計の道を選んだきっかけは、通っていた高校の校舎がとても魅力的で、黒板の上部に窓があって空が見えるんですよ。建築って自由でおもしろそうだなと進路決定の際に建築学科を志望しました。その後、コンペに応募して初めて最優秀賞に選ばれて、実際に設計・施工できたのが群馬県中里村の役場庁舎。タナパーを評価してもらった記念すべき第一号、体が震えるほど嬉しかったですね。
(中里村新庁舎のパース)
田中先生:都市デザインに携わるようになったのは、熊本駅周辺の再開発から。「パークステーション」というコンセプトがぶれることなく、課題に対して最適な形を検討し続けた結果、駅は緩やかに形を変えながら今に落ち着いたといえるでしょう。従来は最初に完璧な完成予想図を掲げつつも、さまざまな状況変化の中で、いろんなものを諦めながら造ることが多かったのですが、まず骨格を組み立て、時間をかけながらだんだんと最適な完成形をあぶり出していくような方法がいいのではないかと、16年もかけてチャレンジしました。
(熊本駅周辺地域都市空間デザインの写真)
タナパーの青は自由の象徴 到達点がないからこそ面白い
◆:タナパーがなぜ青の世界なのか教えてください。
田中先生: タナパーの色は、学生の頃、帰国子女だった同級生が青いボールペンでノートを取っていたことに衝撃を受けたのがきっかけです。みんなが何の疑いもなく黒芯のシャープペンシルを使っていたことと比べ、「なんて自由なんだろう」と。建築の現場では青焼きという設計図も使ったりすることもあり、青にしました。黒い線はすでに決まった強さを感じさせるのに対して、青はまだ自由な印象がありますね。
◆:先生が目指す研究の展開についてお聞かせください。
田中先生:熊本駅や桜町の再開発に携わっていた時には、さまざまな関係者が集うワーキング会議で意見を集約したパースを描いてはイメージを共有していました。これからは描くということとつくるということをより広く展開していきたいと考えています。どうやったらパースで描いたような自由なイメージの建築物を実現していけるのか、これから追求していきたいですね。実は私自身、将来こうなりたいという到達点はないんですよ、収束点を決めてしまうと広がりがなくなるから。だからこそ、面白いと言えるのかもしれません。
(2023年12月12日掲載)