カオスな状態を解き明かす、数学の世界

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頭の中で完結する世界が魅力

健児くん(以下◆): 先生が感じておられる数学の研究の魅力はどんなところですか?

鷲見先生: 大学2年のときに、コースを選択したのですが、そのとき、全部頭の中で完結する世界に魅力を感じ、数学の世界に入りました。高校時代、数列がとても限定された部分を扱っていることに気づいて、いつになったら一般的なことを教えてくれるんだろうと思っていたのですが、実際にその世界に踏み込めたのは大学4年のとき。わかっている部分がほとんどなかった、ということに驚きました。だったら、なるべく幅広い対象を取り扱う研究ができればと思って数学の中でも力学系のエルゴード理論を扱い始めました。

今も、考えるのは頭の中、が主。目的とする定理が証明できそうだと思ったり、できなかったら違う手法を当てはめたり、頭の中でやっています。条件や手法を変えたりして、方向性を決めて、また変えて、考えて。本当にこの方向性でいいのだろうか、と「石橋を叩くように」進めています。


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物理現象にとどまらない、値の動きを調べる力学系

◆:先生のご専門はどんな分野ですか?

鷲見先生:僕が専門としているのは、力学系といわれる分野です。力学系とは、ある一定のルールに基づいて構成された数値の列が、時間が経つに従ってどのように変化していくかを調べる分野になります。

物理学にも力学の分野があります。その違いは、物理法則を考えるかどうか。物理では、物理法則に則らない動きはあまり考えませんが、数学では、その限定にとらわれず、幅広く値の変化を見ていきます。工学分野では、数理モデルを作って、状況の変化をコンピューターでシミュレーションすることも多いのですが、丸め誤差もあるし、遠い未来まで変化を予測することは難しいです。そこで、数学を使って、このまま変化が続いていくとどうなるのかを考えるのが数学分野の力学系です。

◆:高校までの数学とは、だいぶ違うんですね。

鷲見先生:実は高校で習う「数列」が力学系の最も簡単な例です。数列では、数列の各項を、その前の項から順に1通りに定める規則を表す等式である、漸化式というルールがあります。高校数学の場合は、その漸化式から一般項Xnが解ける場合を主に扱います。でも、ほとんどの漸化式はそんなふうには解けないんです。そこで、厳密性は損なうかもしれないんですが、一般項を解くことをとりあえずあきらめて、大雑把な数列の振る舞いを調べていく、という方法が力学系です。漸化式と初項がどんな組み合わせのとき、数列が収束するのか、また、収束しないとき、数列はどのように振る舞うのか。これらを中心に研究する分野です。

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カオスな値の動きを考えるエルゴード理論

◆: 実際にはどんな研究になるんですか?

鷲見先生:僕が研究しているのは、力学系の中でもカオスといわれるものです。数学の世界はきれいなもの、と思われがちですが、実は、そんなものばかりじゃない、ということがわかっています。きれいなルールからスタートしても複雑な形や動きが生まれることがあるんです。それがカオスです。

例えば、漸化式を考える際、式をどんどん代入して値がどう変化するかコンピューターでシミュレーションし、ソフトで図を描いてみます。ある変数まではきれいな法則性のある図を描きますが、あるしきい値を超えると、値がぐちゃぐちゃに動いて、複雑な図を描くことがあります(上部写真右側)。一見するとなんの法則性もない動き、カオス状態です(上部写真左側)。

ところが、初期値を変えたときシミュレーション結果がそれぞれバラバラに動いているように見えても、同じ法則性に従って動いているものもあるんです。そこで、数列の中に特定の値がどのくらいの頻度で現れるか、という統計的な法則を考えます。通常は、初期点によって、統計法則が変わるのですが、どの初期値から始めても、同じ法則で動いていることがあるんです。この状態をエルゴード的な状態と読んでいます。数学的にいうと、どの初期値でも、時間平均と空間平均が一致する状態をいいます。

僕は、カオス的な動きをするものを主に扱って、どういう系であればエルゴード的な状態が満たされるのかを研究しています。エルゴード理論は対象を統計的に見るので、ある意味ゆるく性質を見て広い対象を扱えます。力学系でも、ひとつひとつ具体的な数理モデルの性質を考えることが多いのですが、それより、多くの数理モデルで統一的に成り立つ性質にはどういうものがあるか、を考えていきたいと思っています。


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もうだめだ、と思ってもくじけずに考え続けて

◆:学生の皆さんへメッセージをお願いします

鷲見先生: 学生の皆さんには、「考え続けていくことが大事」だと伝えたいです。数学は「楽しい」と思っているうちはまだまだ。ありとあらゆることをやってみて、アイデアを出し尽くして、それでもうまくいかないことが多いです。僕も、簡単な場合にはうまく証明できても、ちょっと条件を変えると一気に難しくなって、どこから手をつけたらいいかわからない、という経験を何度もしました。

今日も明日も証明がうまくいくか挑戦してみて、それでもだめなら別のアイデアを考えて、もうだめだ、と思ったところからさらにまた考える。そこまでやらないと問題は解けないんです。何度も失敗を繰り返すうちに、進む方向が見えてきます。うまくいかなくてもくじけずに、他の方法があるんじゃないかと柔軟に考えてやってほしいと思います。
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※一番上の図は理学部発行「Pure Science第8号(2013年12月)」より引用。




(2020年1月8日掲載)

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