教訓を発信する発生研の震災対策

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無防備だった低い位置の実験機器に大被害

健児くん(以下:◆):発生医学研究所での皆さんのお仕事はどのようなことですか。
臼杵:発生医学研究所(以下、発生研)では、受精卵というたった一個の細胞から、人の体がどうやってできていくのかという発生学の視点から、生命科学と医学の融合を目指して研究が進められています。3つの部門にわかれ、たくさんの先生方やスタッフ、大学院生などが「生命の謎」の解明に挑戦しています。私たちは技術職員として発生研すべての研究室のサポートを行うリエゾンラボ研究推進施設に所属し、各研究がスムーズに進むよう支援しています。
谷:具体的には、共通実験機器の管理運営、次世代シーケンサーを活用した研究支援、質量分析支援、組織切片の作成などを行っています。
関:研究者が研究に没頭でき、力を思う存分発揮できる環境づくりをお手伝いすることが、私たちの仕事ですね。
◆:熊本地震では、発生研も大きな被害を受けたと聞きました。
関:高いところにあるものは、ある程度固定してあったんです。でも、低いところに置いてある実験機器等が実験台の上から落ちたことで、被害が大きくなりました。高額な機器が多いので被害額も相当な額になりました。
臼杵:地震直後は建物内に入ることもできなくて。でも1日、2日と経つにつれ人が集まってきて、すぐに対応を話し合い、初動は早かったと思います。だから、研究の停滞も最小限に済んだと考えています。
谷:地震後の日々は、とにかく立ち止まっていられない、という感じでした。まずは部屋を片付け、どの機器を修理し、どの機器を買い替えるのか検討して、その間に通常の研究支援依頼も来るので、それが滞らないようにしないといけないし、余震も続いていたので、せっかく修理したり買い替えたりした機器がまた倒れたりしないようにと、固定プロジェクトを進めていきました。
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固定方法を、使いやすくコンパクトにマニュアル化

◆:いろいろな実験機器・機器があるので固定も簡単ではなかったのでは?
谷:地震後は、また大きな余震が来るなどいろいろな情報が飛び交いました。西中村先生の発案で、発生研では、地震の専門家を呼んでシンポジウムを開き、きちんと話を聞こうとなったんです。そこで、地震予知というのは不可能だと聞き、それなら固定するしかない、と。
関:私は、工場施設などの耐震を専門にやっているような業者を調べました。固定に関してはほとんどが未経験のことばかりで、いろいろと業者さんに教えてもらいました。こちらからのリクエストとしては、振動の伝わりぐあいで誤作動を起こすこともある機器はきっちりと固定、実体顕微鏡など使用者により設置位置をかえる機器には、自由度を確保しつつ落下しないようにする。建物の構造と固定方法のすり合わせなどです。
谷:業者に頼んだほかにも、いろいろな先生が、こんな固定の仕方があるとか、こういうのに変えたほうがいいとか、アイディアを出してくださいました。各研究室が独自で用具を揃えて固定した、という例もあります。発生研に所属する全員で固定プロジェクトを進めた、という感じですね。
◆それを今回、マニュアルにまとめられたということですね。
臼杵:発生研にある実験機器は種類も形状もさまざまなので、嶋村健児教授と私とで何をどう固定したかを写真入りで簡潔にまとめ、マニュアル化しました。嶋村教授は本震発生時に8階の共通機器の部屋にいて、機器が落ちていく様子を目撃されたそうです。長い揺れが続き、最後に物が落ちていくそうです。なので最低限、家庭でも使う滑り止めマットを敷いておくだけでも効果があるのではないか、とおっしゃっていました。また、ねじや工具類にも詳しいので今回のマニュアル作成に全面的に協力してくださいました。
谷:こういった研究施設の防災マニュアルは、同じような災害経験を持つ大学からも発行されていますが、分厚いものだといざという時に使いにくいことがあります。臼杵さんと嶋村教授が、ぱっとわかる、コンパクトで見やすいものをまとめてくれました。
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マニュアルの発信は、「支援への恩返し」でもある


◆:固定マニュアルは広く社会に発信されているそうですね。
臼杵: 発生研のHP からダウンロードできます。このマニュアルはどこでも自由に使っていただいて構わないのですが、いくつかの大学から対策に使いたいと問い合わせをいただきました。作ってよかったなと思っています。
谷:マニュアルは、情報を発信するという意味もありますが、自分たちのためでもあるんです。新しい機器が入ればそれをもとに固定すればいいし、これから地震を経験していない先生やスタッフが発生研に来た時のためでもあります。固定プロジェクトと固定マニュアルの情報発信と共有は、発生研所長の西中村隆一教授のリーダーシップと、それに賛同した全員がついていったからできたことです。
臼杵:西中村教授は、地震直後から、発生研全員の情報共有と、今、発生研がどんな状況なのかを外に向けて積極的に発信されました。そのことで、多くの支援をいただくこともできました。マニュアルの発信は、それらの支援に対する感謝の意味もあります。西中村教授は今回のマニュアル作成について「我々自身の今後の教訓とするとともに、全国の皆様の地震対策の一助になれば。」とおっしゃっています。地震は、日本全国どこで起きてもおかしくありませんから。
谷:東日本大震災の時でも、やっぱりどこか他人事という意識がありました。自分がそういう目に遭って初めて、震災で苦労した人たちの気持ちがわかりました。いろんな支援を受け、次にどこかで何かが起これば、今度は自分たちがお返しする立場。固定マニュアルも、機器の防災対策で得られたものをフィードバックして皆さんにお返しするということです。
関:固定も含めて、準備しておくことの大切さを発信しないといけないと思います。スタッフ全員の安否確認、留学生の安全の確保、建物の再建まで視野に入れて、行動の指標のようなものも作っておく必要があると感じています。私たちの仕事は、発生研と発生研にかかわるすべての研究がスムーズにいくように支援すること。防災対策もその一つだと考えています。
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(2017年9月29日掲載)
熊大通信66号 (2017年10月)の特集2「リポート 熊大と熊本地震 vol.5 教訓を発信する発生研の震災対策」でも紹介しています。
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