平成15年度入学式 式辞

熊本大学長 崎元達郎 本日ここに、部局長、教職員各位と共に一同に集い、熊本大学第五十五回入学式および医療技術短期大学部第二十七回入学式を執り行うことができますことは、本学にとりまして大変喜ばしいことであります。大学院学生および諸外国からの留学生を加え、総勢2,883名の若き血潮みなぎる諸君の一人ひとりを心から歓迎いたします。また、入学を果たされた皆さんの研鑽と努力に敬意を表し、その志を支えてくださった親御さんや先生方に深く感謝しつつ、心よりお慶び申し上げます。 おめでとうございます。

本学は、明治中期以降の高等教育を担ってきた第五高等学校、熊本師範学校、熊本医学専門学校、熊本薬学専門学校、熊本高等工業学校をその前身とする7学部と7つの大学院、そして医学部附属病院、発生医学研究センターを始めとする10もの教育研究センターと施設を有する西日本有数の総合大学であり、百有余年の永きにわたり、その教育と研究により日本の文化、科学技術、医療、教育の発展に貢献してきました。

私ども教職員は、このような歴史と伝統を有する熊本大学で教育・研究・医療に従事できることを誇りに思っていますが、諸君も是非誇りに思い胸を張っていただきたいと思います。

第五高等学校で教鞭を執った、かの夏目漱石の言葉、「夫れ教育は建国の基礎にして、師弟の和熟は育英の大本たり」は、熊本大学の精神として受け継がれています。私どもは、諸君に国際水準の教育を授けることをお約束し、新たな知的価値を創造する研究を諸君と共に行うことを望んでいます。皆さんも、春の桜、初夏の楠若葉、秋の銀杏の黄金色に輝くキャンパスで、豊かな文化を育むために何を成すべきか、今、社会が何を求めているのか、日本の国は如何にあるべきか、そして、文明の衝突とも言うべき国際紛争の中の世界に何を発信すべきか・・と言ったことに思索を深めて頂きたいと思います。

今、諸君は、意気揚揚と高ぶる気持ちを押さえきれずにいると思いますが、大学に入って何をしようと考えていますか? 勉強勉強と周りから言われ受験勉強に頑張ったから大いに遊ぼうと考えておられる方も多いのではありませんか? それも結構です、大いに遊んでください。

しかし、大学に入学することが最終目的であったはずはありません。大学に対して、それぞれの期待を持っておられると思いますが、大学は、"生きる力を自分で養う所"であると私は思います。"生きる力"とは何でしょうか? 在学中に獲得してほしい"生きる力"として、私は次の四つを挙げたいと思います。

それは、1)社会的な人としての基礎、2)専門家として創造的に考える力、3)生きるための哲学、そして4)国際性 の4つです。

「社会的な人としての基礎」について言えば、自らの行動に責任のとれる個人として自立することと人権の尊重が重要です。自立とは、経済的自立と精神的自立を意味します。欧米の大学生は、精神的自立のみならず、経済的にも自立している学生が多く見られます。皆さんも経済的自立を果たせないまでも支援いただく方々への責任を果たすことと精神的自立を達成してください。また、自己の人権を大切に考えるのと同等に他者の人権を尊重できる人になって頂きたい。これらのことには、クラブ、同好会等の課外活動、ボランティア活動などが大いに役立ちますので、カリキュラム以外の活動を精力的にやっていただくことを勧めます。

「専門家として創造的に考える力」は、専門教育で養われます。卒業・修了後に諸君を待っている社会は、今以上に厳しい能力主義となっていますから、自分で自分の能力を高める努力が必須であります。もう、誰も勉強せよとは言いません。皆さん自身の責任が発生します。我々の前には、新たな文化の創造、21世紀の社会共生の知と技法の確立、少子高齢化社会における医療と福祉、環境を重視した科学技術による経済の再構築など解決しなければならない課題や夢がたくさんあります。これらの課題と夢は人文社会科学、生命科学、自然科学の進歩と英知があって初めて解決・実現できるものです。その主役となり得るのは21世紀を生きる皆さん以外にはありません。

以上の二つのことは、言わずもがなのことですが、残りの二つを特に強調したいと思います。すなわち、

まず、大学時代に「生きるための哲学」の基礎を作ることです。人間としてどの様に生きるかという考え方、方針の基礎を作ることです。 そのためには、いわゆる教養科目を学ぶこと、読書をすることなどにより、先達の"生きる哲学"を知り、そして、自ら行動することを通じて確認、修正して自分のものとすることができます。私は工学を専門としていますが、教養科目の哲学の先生に"君達は、地球を破滅させる工学に身を置くことをきっと後悔するだろう"と言われたことを未だに忘れませんし、"人間の定義は、先験的に存在するのではなく、自分を含めた人間が作り出すのである"といった考え方を新実存主義の哲学書から学びました。是非皆さんも歴史観、世界観、人間観の形成といった生きるための哲学の"基礎"だけは身に付けて卒業してください。

次に「国際性」ですが、情報化、グローバリゼーションの中での国際的素養を持った人となることです。英語によるコミュニケーション能力は当然必要ですが、日本と世界の国々の歴史、文化、宗教、政治等を如何に深く学んでいるかが問題となります。これを養うための手段として、是非一度海外旅行を自ら計画し実行することを勧めます。

一度国外に出ることで、幾ばくかの自信が得られると同時に、日本の良いところ、悪い所に気がつきます。そして、いかに自分が日本のことを人に説明できないか、なぜ、英語力が必要か等を身をもって知ることになる貴重な経験となります。春休み、夏休み・・とたくさんの休みがあります。社会人になったら2度と得られないこの自由な時間を決して無為に過ごしてはなりません。"日本脱出"を是非、決意し、実行に移してください。

「人権の尊重と自らの行動に責任がとれる個人として自立すること」、「創造的専門人となること」、「"生きるための哲学"を見つけ出すこと」そして「自らの計画で海外に出ること」これらの四つの目標を、40年前に諸君と同じ立場であった先輩としての私からお伝えしました。

さて、熊本大学も他の国立大学と同じく、来年度から国立大学法人熊本大学となることが予定されています。国立大学法人になっても大学としての使命や皆さんの立場は変わりませんが、大学構成員が一丸となって、学問の府としての新しい熊本大学を構築することが必要であると考えています。大事なことは、諸君も大学構成員であるということです。優れた教育と研究を実現するために、ともに、努力しましょう!

皆さんは、合格発表の日に自分の受験番号を目にした瞬間を鮮明に記憶されていると思います。この鮮明な記憶は私の経験からしてもほぼ一生残ります。この感激を大事にしてください。皆さんが、今の気持ち、初心を忘れず、志を高く持ち続け、卒業の時に悔いを残さないよう、毎日に全力を投入し、楽しく有意義な学生生活を送られますことを切に希望します。


熊本大学長
崎元達郎




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