人間の本能を活用した、防災・減災の仕組みを作る

now-short2.jpg

人間の本能を活用した、防災・減災の仕組みを作る

平成28年熊本地震を体験した熊本県。その後も、大雨や台風による水害や、大規模な地震など、世界中で大きな災害が起きています。そのときに重要になるのは早く避難して、自分の命を守る行動。藤見俊夫准教授は、人間の心理からくる行動科学の観点から、防災行動を促す仕組みづくりについて研究しています。

行動科学を知れば「なぜそう動いてしまうのか」がわかる

健児くん(以下◆):先生の研究について教えて下さい。
藤見先生:人間の行動に注目した、防災・減災について研究しています。人間は、頭では「防災対策、減災対策をしないと」と思っていますが、なかなか実際の行動にはつながっていませんよね。

例えば、ハザードマップ。行政機関や地域でも作成して、配布されているし、インターネットで検索すればすぐに出てくるものです。つまり、ハザードマップを確認するのに必要な手間は限りなくゼロに近いわけです。知っておくと役に立つ情報が載っているものだ、ということもみんな知っています。でも、みんな、見ていないんですよね。うちの研究室は「防災」がテーマですが、所属する学生でも見ていない人がいたりします。自分のことを考えても、災害を研究しているからいろいろ見ているだけで、そうでなかったら見ていないかもしれません。

それはなぜなのか。もしかしたら、ちょっと工夫したら見てもらえるようになるのではないか。そう考えたとき、注目したのが、人間の心のクセ。人の考え方や行動を変えるにはいくつかの方法があります。その一つは教育。防災であれば、「災害は危ない」ということをきちんと理解してもらうことです。でもそれだけでは、人間は行動できない。「がんばれ」とか「逃げろ」と訴え続けるのも重要なんだけど、そこだけでは限界があると思うんです。そこで、人間が無意識にやっている心のクセをうまく利用しながら、自然に防災・減災につながる行動ができるような仕組みができるのではないかと考えています。

image02.jpg

行動経済学の考え方「ナッジ」を防災分野で活用

◆:具体的にはどんな仕組みを考えているんですか?
藤見先生:2017年にノーベル経済学賞をとった、経済学者のリチャード・セイラーと、法学者のキャス・サンスティーンが思いついたアイデアに「ナッジ」という行動経済学の考え方があります。社会の選択の仕組みをちょっと変えることで、より望ましい行動を促す、という方法です。大衆操作につながらないよう「こういうことをやっていますよ」と公表してやるのですが、効果がでているので、健康や経済の分野で多く導入されるようになっています。

例えば、アメリカで年金制度への加入や臓器提供の意志確認をさせるとき、初期設定を「入らない」から「入る」に変えただけで加入者が増加した、という事例があります。単純な話に見えるかもしれませんが、これは「現状維持したい」という人間の心のクセを活かしたものなんです。ちょっとした思いつきで、大きく状況が変わるのは面白いですよね。

これらの人間の心のクセは、以前は心理学をベースに考えられていましたが、最近は脳科学の分野での研究もすすみ、客観的な裏付けができるようになってきました。「人間はこう考える傾向がある」ではなく「脳のこの部分が活性化しているから、こういう行動につながる」と言えるようになっているんです。

image03.jpg

考え方と現代の生活とのミスマッチを解消する

◆:人間にはどんな心のクセがあるんですか?
藤見先生:人間の体は野性時代に完成しており、脳も野性時代の環境に適応するようにできあがっています。その後、文化は変化していきますが、脳の働きはすぐには変化していかないので、昔の本能のまま、新しい環境にフィットしていない部分がでてきているんです。それが心のクセ。野性時代は、現状維持のほうが生存競争に有利だった、とか、いつ食べられるか分からない中ではカロリーをできるだけ使わず怠けた生活の方が生き延びられる、とか。そんな生存のために必要な考え方のパターンが残ったままの人間にとって、生活環境と考え方のミスマッチが起きているんですね。

災害についての考え方も同じです。かつて人間が気にすべきリスクは動物に襲われるなどの目の前の危険でした。だから、100年に1度来るか来ないかの災害は、ほぼ無視してもいいリスクだったんです。大災害に対するリスクに危機感をもって行動できないのは、そんな、野性時代からの考え方のパターンとのミスマッチによるものである、という仮説があるくらいです。また、生活環境の都市化がすすみ、巨大な堤防などで守られるようになりました。それにより、自然の怖さを知る機会もなくなっています。ここにもミスマッチの原因があると考えています。
 
ミスマッチを解消するためには、教育も大切なのですが、環境を人間の心のクセにあうように変えていったほうが、効果的ではないかと思うんです。正しいことを伝えるだけでは行動につなげるのは難しい。人間の弱さとも言える心のクセに対応した「ナッジ」のような発想を活用すれば、強制しなくても予防的避難や減災対策などの行動につながるのではないかと思います。強制的に防災活動に参加するのではなく、自己責任だと放っておくのでもない、防災・減災のあり方を考えていきたいです。

 

自然の恵みとリスクを理解し、地域の生活に活かす

◆:くまもと水循環・減災研究教育センターではどんなことをやっているんですか?
藤見先生:くまもと水循環・減災研究教育センターは減災部門と水環境部門からなる組織です。全体で言うと、阿蘇の上流から、下流の有明海まで含めた地域の自然の恵みとリスクを統合的に分析、理解して、その成果を地域の方々の生活に活かす、という社会貢献を重視しています。震災後は、南阿蘇で予防的避難のため、一人暮らしの高齢者の家をコミュニティバスで回る仕組みを作ったり、二次被害防止のために、土砂災害の専門家が危険な場所をまとめて住民説明会で発表したりしました。益城町の復興を支援している「ましきラボ」などもセンターの取り組みの一つです。メカニズムや真理を解明する、という研究も行いますが、それ以上に、現場や社会にその成果がどう活かされるか、社会をどうよくするかに重きをおいて活動する先生も多いのが特徴ですね。

◆:先生は、今後、センターでどんな研究を進められるんですか?
藤見先生:今、興味をもっているのは、バーチャル・リアリティを活用した、危機感を感じる仕組みの解明です。例えば、東日本大震災の「釜石の奇跡」を指導した東大の片田敏孝先生のアイデアで「率先避難」というのがあります。「人がやっているとひっぱられる」という人間の心のクセを利用したもので、誰かがサクラで「危ないぞ!逃げろ!」と走り出すと、みんな逃げ始めるというものです。バーチャル・リアリティなら、目の前に災害の状況を再現し、「率先避難」があった場合となかった場合、反応はどう異なるか、というのを検証できます。脳科学の先生と連携すれば、実際に脳の反応を見ながら本当に危険を感じているか解明できるようになるでしょう。そうすれば、実際の災害の際、どんな仕組みを作れば、みんなが自然に、すばやく避難するか、組み立てることができます。

脳の反応や脈拍など、客観的な方法で測定することで、アンケートなどの結果を見ただけでは「こう思っている人が多いようだ」くらいしかわからなかったことが、数人のモニターによる検証で確定できるようになります。そうなると、政策にもお取り込みやすくなるでしょう。精神論に頼らない防災の仕組みを作っていきたいですね。



image04.jpg

(2018年12月3日掲載)
 

お問い合わせ

総務課 広報戦略室

096-342-3269