生活に密接にかかわる「行政」の課題と成り立ちを明らかに

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身近にあった鉄道がきっかけで始まった特殊法人の研究

image02.jpg 健児くん(以下:◆):先生が研究されている「行政学」とは、どんな学問なんですか?
魚住:「行政学」は政治学の一分野で、行政の諸活動を研究の対象としています。日ごろあまり意識しないかもしれませんが、私たちの生活は、水道やゴミ収集など様々な行政活動に囲まれています。私は、そうした暮らしに有形無形にかかわってくる行政のなかでも、特に中央と地方の関係や、組織の成り立ちなどに関心を持って研究してきました。
研究のきっかけになったのが今のJRにつながる国鉄の分割・民営化です。鉄道旅行が好きだったものですから、この過程で大規模に進められた地方の赤字ローカル線廃止問題に関心を持ちました。そして、このことを調べていくうちに、国鉄のような公企業がどのように誕生したのかということを知りたくなりました。ちょうど、大学院に入った1990年代は行政改革の議論のなかで、公企業とりわけ特殊法人の改革が大きな課題になっていました。なぜ、公企業が問題視されるようになったのか、そもそもどんな歴史のなかで公企業ができてきたのかを研究しようと思い、その起源といわれた昭和の戦前期から戦後占領期にかけての資料を追っていきました。そして、14年かかって出すことができたのが『公企業の成立と展開-戦時期・戦後復興期の営団・公団・公社』です。この本によって、地方自治の調査研究機関として戦前に設立された東京市政調査会(現、後藤・安田記念東京都市研究所)から藤田賞をいただきました。行政史という地味な研究を評価してもらい、励みになりました。
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「興味がある」「好き」が研究の入口

image04.jpg ◆:14年も1つのテーマを追い続けるってすごいですね。
魚住:「十年一昔」という言葉がありますが、それを上回ってしまいました。諦めが悪く、執念深いということですかね(苦笑)。もともと歴史に関心があったので、歴史的視点から明らかにしようとしたのですが、資料収集は空振りの連続でした。戦時期の日本の行政文書は、空襲で焼失してしまったということもあるんですが、占領軍が日本に入って来る前に、政府が意識的に焼却するということもしているんですよね。そのため、全国各地の公文書館や図書館に行ったり、古書店回りをしたり、アメリカにまで出向いたりして、しらみ潰しに資料を探していたら、予想以上に時間がかかってしまいました。長期間にわたって一つのテーマに取組めたのは、周囲の理解があったという幸運と、「興味がある」ことをしていたことが大きかったと思います。研究テーマを決めるきっかけにはいろいろあると思うんですが、「興味がある」とか「好き」とかは、とても重要な要素だと思います。自分にとって関心があるテーマだからこそ、知りたくなりますし、何が重要な問題かを気づくことができるし、熱意をもって続けられるところがあります。もっとも、興味に即して我が道を行くとなると、「時流に乗らないと仕事がないのではないか」とか「世の中の役に立たないのではないか」といった、迷いや焦りに駆られることもありました。そんなときは、恩師が言ってくれた「学問には多様性が必要だ」という言葉が支えになりました。時代や状況、どのような立場の人が言うのかによって、役に立つ/立たないという評価は変わってきます。また、流行り廃りは世の常です。研究は、そうした移ろいやすいものに左右されることなく、多様性を持つからこそ、社会の理解に奥行きを与えていくことができると思うのです。
どんなささいなことであっても「興味がある」ことを一つの入口として考えていくと、研究はとても身近なものになります。思わぬところで、好きなことと研究はつながってきます。そのことに気づくことができれば、大学はとても面白い場所になります。

出会いや経験を重ねて引き出しを増やそう

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◆これからは、どんなテーマでの研究をされるんですか?
魚住:先ほど、資料収集は空振りの連続だったという話しをしましたが、そうした無駄の繰り返しの中で、行政文書の管理がいかに重要かということに気付かされました。研究者の間では、戦後日本の記録を調べたければ、アメリカの国立公文書館にいったほうがよいとさえいわれています。日本のことを知ろうとしても十分な記録が国内に残されていないのです。こうした状況のなかで始めたのが文書管理の研究です。行政は文書に基づいて仕事をしていますから、文書をいかに管理していくかは行政学にとって大切なテーマです。政府を民主的にコントロールする上でも行政文書の存在は欠かせません。この他に、過疎地域の鉄道政策などについても調べていますが、いずれにせよ、長期的な視座を持った、腰の据わった研究をしていければと思っています。
◆学生の皆さんへ一言
魚住:熊大に赴任するまで複数の大学で教えてきましたが、熊大の学生さんたちは常識的で、授業もやりやすいです。ただ、大学に入ると高校時代までとは違った人間関係の広がりが出てきますので、それまでの自分の価値観が揺さぶられるような出会いや経験をしてほしいと思います。大学時代は膨大な自由時間があるわけですから、目先のことだけにとらわれず、たとえば、関心の赴くままに本を読んだり、積極的に旅に出たりして様々な体験をしてほしいですね。こんな自由時間は、就職したら老後までおそらくありません。感受性の高いこの時期に、自前の引き出しをたくさん作ってもらいたいです。
そうした機会の一つになるようにと思い、セミナーや授業の場を使ってゲストをお呼びしています。最近では、福島の原発事故で全村避難を余儀なくされ、未だに避難生活を送らざるをえない福島県飯舘村の村民の方と、そうした人々に寄り添って活動している福島大学の先生をお招きして、お話いただきました。学生さんは実際に起きていることを知ることでいろいろと考えるようで、講演が終わると講師の方と話し込んだりしています。教員にできることは限られているのですが、こうしたささやかな取り組みを通して学生さんの引き出しを増やす手助けができればいいなと思っています。
(2016年3月29日掲載)
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