一匹のマウスが変える、世界の遺伝子研究

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受精卵の凍結保存研究から始まる、今

image02.jpg 健児くん(以下◆):中潟先生が現在の研究をはじめたきっかけはなんですか?
中潟:私が大学4年生の時、イギリスでヒトの体外受精児が初めて誕生しました。さらに、1987年、インドで液体窒素に凍結保存した受精卵から子供が誕生したニュースが相次ぎ、マスコミで大きく取り上げられました。しかしそれまでは、哺乳動物で凍結保存した体外受精由来の受精卵から子供が産まれたと言う報告はまったくなく、極めて懐疑的でした。 そこで、当時の私の指導教授から「大学院での研究テーマは『体外受精由来マウス受精卵の凍結保存』にしないか」とアドバイスをいただき、それに取り組むことになりました。 実際にやってみると、なかなか難しい研究でした。体外受精自体は上手くいくのですが、受精卵を凍結し、融解するとすべての受精卵が死んでしまいました。いくらやっても融解後に生きた受精卵は得られませんでした。失敗が続いていた12月末のある日、指導教授から「中潟君、このまま年を越すのは、悔しいでしょう。もう一度、実験してみませんか?」と声をかけていだきました。確かに、気になって年が越せない、と思い、すぐさま実験に取りかかりました。そして、12月30日。凍結した受精卵の融解が終了し、実体顕微鏡をのぞき込んだ私の目に映ったものは、時計皿の中でキラキラ光る紛れもない生きた受精卵でした。その時の感動が、私を体外受精や卵子・精子の凍結保存などの生殖工学の道に進ませたきっかけになったと思います。

熊大ならではの「マウスバンクシステム」を運営

image03.jpg ◆:「遺伝子改変マウス」とは、どんなマウスなんですか?
中潟:「遺伝子改変マウス」は、遺伝子を研究する上で重要な役割を果たす実験動物で、「遺伝子導入マウス」と「遺伝子破壊マウス」の総称です(図1参照)。 「遺伝子導入マウス」は、特定の遺伝子をマウスの受精卵に注入したものです。例えば、ヒトの癌遺伝子などを注入すると、その受精卵由来の子供には癌ができます。そのマウスは、疾患モデル動物(ヒトの病気に類似した疾患を呈するように人為的に操作された実験動物)として、病気のメカニズムの解明などに利用することが可能になります。
「遺伝子破壊マウス」は、特定の遺伝子を破壊したマウスのことです。例えば、Bと言う遺伝子を破壊したマウスを作製すると、そのマウスが成長に伴って、肥満になるとします。これによりBという遺伝子の機能は、体重をコントロールしていることがわかります。そのようにして、様々な遺伝子の機能を解明することにより、薬や病気の治療法の開発に利用することができるようになります。
◆:熊本大学は、遺伝子改変マウス研究で世界的にも有名だそうですね。
中潟:昭和50年頃から、遺伝学の重要性が論じられ、59年4月、体質医学研究所を改組し、遺伝医学研究施設(現 発生医学研究所)が設置されたことに端を発しています。それ以後、遺伝学、分子生物学、遺伝子改変マウス関係の研究分野の先生がどんどん熊本に招聘され、遺伝子改変マウス研究の一大拠点となりました。それに伴って、国際交流も盛んになり、生命資源研究・支援センターは、遺伝子改変マウスリソースにおける世界のハブ拠点になりつつあります。
中でも、熊大ならではの取組が熊本大学マウスバンクシステムです。熊本大学動物資源開発研究施設(CARD)が運営しているもので、国内外の研究者の皆様が作製された遺伝子改変マウス(突然変異を含む)を収集し、 胚や精子を皆様の代わりに凍結保存し、皆様の要望に応じて供給するシステムです。寄託者から種々のマウス系統を提供して頂き、受精卵や精子を凍結保存、それら系統を依頼者へ凍結細胞(受精卵や精子)あるいは、それら細胞から子供を作って提供しています。(図2参照)
これまで、世界では様々な研究者がそれぞれ独自に遺伝子改変マウスを作っており、当然、同じマウスが作られることがありました。そこで様々な所で作られた遺伝子改変マウスを一カ所に集め、それらマウスの受精卵(胚)や精子を液体窒素に凍結保存、情報に関するデータベースを作成・公開し、必要な方にそれらマウスを提供するシステムを構築したのです。そうすることで、自分が作ろうと思っていた遺伝子改変マウスをわざわざ作らなくとも、すでに作られている遺伝子改変マウスを使えば、スムーズに研究をすることができます。 image04.jpg

動物愛護にもつながる「超過剰排卵誘起法」

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◆:先生は最近、「超過剰排卵誘起法」という方法を発表されたそうですね!
中潟:精子は1匹の雄から数百万匹採取することができますが、1匹の雌からの排卵される卵子の数は限られています。卵子の数が平均20 個であれば、雌雄 1匹を用いた体外受精では最大で20個の受精卵しか得られません。しかし、もし、1匹の雌が100個の卵子を排卵すれば、100個の受精卵を作出することができる可能性があります。そこで、1匹の雌から少しでも多くの卵子を得ようと考えたわけです。従来の過剰排卵誘起法では、1匹の雌マウスから得られる排卵数は、多くても30個が限度でした。今回開発した方法では、1 匹から100 個以上(従来法の3〜4倍)の卵子を排卵させることに成功しました。(図3参照)
これにより、卵子採取に用いる雌の数を1/3〜1/4以下に減らすことが可能になりました。実験動物の使用匹数の削減は、実験動物の愛護・福祉の重要な柱の一つです。また、少数の雌マウスから大量の卵子を排卵させることで、体外受精や胚移植が容易になります。よって、遺伝子改変マウスの収集・保存・提供の効率化を図ることが可能となります。さらに、超過剰排卵誘起法が未だ確立されていないラット、ハムスター、モルモットなどへの応用の可能性が極めて高く、その利用範囲がさらに広がるものと思われます。
◆今後は、どんな研究をすすめていきたいと考えておられますか?
中潟:生殖工学技術は、日進月歩です。多くの方に利用して頂けるような新しい技術の開発に、どんどん挑戦していきたいと考えています。例えば、マウスにおけるXY精子の分離技術を開発し、マウスの産み分けを確立したいと考えています。
また、遺伝子改変マウスの作製・収集・保存・提供に用いる技術は、効率化の点から考えれば、共通であることが望ましく、その意味では、自分たちが開発した生殖工学技術をグローバルスタンダードにしていきたいですね。
(2015年11月9日掲載)
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