平成20年度入学式式辞

熊本大学長 崎元達郎 本日ここに、ご来賓各位のご臨席を給わり、副学長、理事、部局長、教職員と共に一同に集い、熊本大学第60回入学式を執り行うことができますことは、新制大学発足60周年を迎える本学にとりまして大変喜ばしいことであります。今年度から新しく生まれ変わった社会文化科学研究科及び、今年度新設の保健学教育部の第一期生となる大学院学生諸君および諸外国からの留学生諸君を加え、総勢2,866名の若き血潮みなぎる皆さんの一人ひとりを心から歓迎いたします。また、入学を果たされた皆さんの研鑽と努力に敬意を表し、その志を支えてくださった親御さんや先生方に深く感謝しつつ、心よりお慶び申し上げます。入学おめでとう!

本学は、肥後細川藩が252年前に設置した、日本初の医療施設、再春館や蕃滋園に源を有する医科大学、薬学専門学校、夏目漱石、ラフカディオ・ハーン等の教授陣を有し、二人の首相はじめ多くの偉人を輩出した第五高等学校の他、師範学校、工業専門学校等をそれぞれの前身とする七つの学部と対応する大学院により、その教育組織の中核が構成されています。本学は、これらの7学部・大学院と附属病院、附属図書館、附属学校・園、そして十五余の教育研究センターと施設に約一万二千人の学生・生徒と二千人の教職員を擁する西日本有数の総合大学であり、その前身から数えると250年余の永きにわたり、日本の文化、科学技術、医療、教育の発展に貢献してきました。

特に、法人化後の実績はめざましく、教育においては、1300台の教育用パソコンや、350余の中継局で全学の大部分をカバーする無線LANで構成される高度情報化キャンパスを活用して、文部科学省選定になる、累計22件の「特色ある教育プログラム」を獲得しており、本学の教育力の高さを誇っています。それらは、情報基礎教育、英語教育、法律家養成、教員養成、ガン・エイズ研究者養成、創薬研究者養成、ものづくり技術者養成など、本学のほぼすべての教育分野に及んでいます。

研究面においては、発生医学と衝撃エネルギー科学の分野でグローバルCOEや21世紀COEと言われる世界的教育研究拠点に選定されているだけでなく、エイズ等の感染症、遺伝子改変マウス、マグネシウム合金、バイオエレクトリクス等の分野では、本学が中心になって、国際的ネットワークを形成していますし、歴史考古学、生命倫理、ナノテクノロジー、環境科学等、多くの分野で日本をリードする特色ある研究がなされています。私共は、このような伝統と実績を有する熊本大学で、教育・研究・医療に従事することを誇りに思っていますし、皆さんに国際水準の研究に裏打ちされた、国際水準の教育を授ける自信があります。また、新たな知を創造する研究を諸君と共に行うことを望み、皆さんに大きな期待を寄せています。皆さんの将来やりたいこと、夢や志を実現する力、すなわち「専門家として創造的に考える力」を養う環境と条件は十分に整っているわけですから、皆さんも熊本大学で教育を受け、研究できることを誇りに思い、胸を張って勉学・研究に励んでいただきたいと思います。

私立大学の半分程度の授業料、分野によっては、4分の1以下の授業料で高い水準の教育・研究環境を有する国立大学で教育を受け、研究できる皆さんは、ある種、選ばれた人であります。言い換えれば、国が皆さんに期待し、投資していることになるのです。したがって、選ばれた人としての責任を果たし、自らと社会の幸せに貢献する仕事をするための能力を養うことに力を尽くすべきであると思いますし、責任を意識する、しないにかかわらず、そのような道を選択してくれるものと信じています。

今、諸君は、意気揚々と高ぶる気持ちを抑えきれずにいると思いますので、勉学に関して多くのことを申し上げることは控え、学部生と大学院生に在学中に成すべきことをそれぞれひとつずつ申し上げます。まず、学部の新入生には、「人間として、どのように生きるかという考え方、方針の基礎を作ること」すなわち、「生きるための哲学の基礎」を作ることを成し遂げて欲しいと思います。そのためには、いわゆる教養科目を学ぶこと、読書をすることなどにより、先達の「生きる哲学」を知り、自分なりに解釈して、歴史観、世界観、人間観、倫理観の形成といった「生きるための哲学の基礎」を身につけることが必要です。また、「生きるための哲学」は、机を前にした座学だけで形成するのは難しく、行動することが必要です。遊ぶこと、クラブ、サークル等の活動をすること、アルバイトやボランティア活動をすること、旅行をすることなど、「何でも見てやろう」「何でもしてやろう」という気持ちを持ち続けて計画的に行動に移してください。旅行について言えば、国内だけでなく、在学中に必ず一度は海外に出てください。このグローバル化する社会の中で、外国を見ずして、大学を卒業したとは言えません。その?めに本学独自の海外活動奨学金も大いに活用してください。その様な数多くの経験の中で、広い視野や親友を得ること、自他の人格の尊重、自己の再発見、自らの価値観を獲得し、また、人間的逞しさ、優しさ、豊かさを含む人間力を養う中で、いかに生きるべきかの方針と道筋を見出していただきたいのです。

研究に多くの時間を割かれる大学院に入学される皆様には、在学中の具体的な目標を立てることを勧めます。例えば、世界で初めての考え方や、理論の構築、世界初の事実の発見、世界初の現象の解明等を目標とすることです。「世界で初めて」と言っても、そんなに難しく考える必要はありません。皆さんはいずれ論文を書くことになりますが、論文を書くということは、どんなに小さなことでも世界で初めての部分を含む必要がありますので、先生方と一緒に努力すれば、皆さんにもできるのです。自然科学のみならず、人文社会科学、文化、芸術も含めて、学術は、人類の営々たる知の蓄積なのです。皆さんの研究は、人類が築いて来た知の総体としてのボリュームをほんの少しでも、または大きく外に広げて行くことであるという自負を持って取り組んでいただきたい。そのことこそが、知識基盤社会と言われる今、求められるイノベーションにつながる行為であると確信します。

私は、土木工学を専門としていますが、日本土木界の偉人田辺朔郎の例を紹介したいと思います。田辺朔郎は、明治15年(1882年)に、後に東京大学工学部となる工部大学校の卒業論文として、琵琶湖の水を京都に導く計画をまとめます。この論文が、東京遷都後の京都の衰退を回復する為に奔走する当時の京都府知事北垣国道の目に止まり、田辺朔郎は請われて、翌年京都府に技師として着任します。そして、国全体の土木予算に相当する規模の事業を5年の歳月をかけて実現するのです。

琵琶湖琉水とインクラインによる水力発電所の完成により、水と電気を得た京都府は西陣織の振興、日本初の路面電車等により、今の繁栄の基礎を築くことができたのです。

これは弱冠21歳の青年の夢と志の結晶としての卒業研究が社会に大きく貢献した例でありますが、研究分野は異っても、皆さんにもこの様なことが可能であると信じます。

皆様の夢と志の結晶としての研究の成果が、必ずや社会に貢献するもの、イノベーションをもたらすものであることを期待しています。

学部新入生には、「生きるための哲学」の基礎を形成すること、大学院新入生には、「世界で初めて」にチャレンジすることを在学中に達成すべきこととして申し上げました。

熊本大学は、先端的研究、基礎的研究、高度先進医療とその成果に基づいた質の高い教育を行う大学として、諸君と共に躍進を続け、国際的にも存在感を示したいと考えています。

最後に、皆さんが、合格発表の受験番号を見た時の気持ちや初心を忘れず、選ばれた者としての自覚を持って、志を高く持ち続け、毎日に全力投入して行動し、悔いを残さない充実した学生生活を送られますよう祈念して式辞とします。



平成20年4月4日
国立大学法人熊本大学長
崎元達郎



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