熊本大学生命倫理憲章

平成14年6月20日

前文

熊本大学は、医学及び生命科学の研究とその応用に携わる者が常に自覚し、遵守すべき規範として、ここに生命倫理憲章を制定する。一般に、研究は学問的良心に基づき自由に行われる活動であるが、医学及び生命科学の研究とその応用は、社会的良心と責任にかかわる倫理的諸条件を満たすことが強く求められる。熊本大学は、本憲章に則り、関係部局における倫理委員会等の活動の充実を図るとともに、生命倫理に関する教育と啓発活動に力を注ぐ。

第一章 基本原則

(人間の尊厳)

第一条 医学及び生命科学の研究とその応用に際しては、人間の尊厳を第一の原則とし、とりわけ個人の自律を尊重し、これを促進するとともに、いかなる人の基本的人権も侵してはならない。

(恩恵の原則)

第二条 医学及び生命科学の研究とその応用に際しては、人間の尊厳を尊重し、将来にわたって個人、社会及び人類にもたらされる恩恵を最大化し、危害を最小化するよう努めなければならない。

(公正の原則)

第三条 医学及び生命科学の研究とその応用に際しては、その恩恵が不当に偏ることなく公正に分配され、不適切な格差や社会的差別を生じさせてはならない。

第二章 基本原則の適用

(人間の尊厳に関する不断の討議)

第四条 人間の尊厳は生命倫理の第一の原則であるが、その位置づけ及び具体的適用において意見が分かれることがあるので、どのような行為が人間の尊厳に適い、または反するかということについて、不断の討議によって明らかにするとともに、これを医学及び生命科学の研究とその応用に的確に反映させていかなければならない。

(個人の自律の尊重と促進)

第五条 人間の尊厳を支えるものとして、個人の自律の尊重と促進があげられる。これに対応するのが、とりわけインフォームド・コンセントあるいはインフォームド・チョイスの原則である。当事者(クライアント、被験者、試料提供者等)には、その意思決定に必要な情報をわかりやすく提供するとともに、カウンセリング等によってその自律的な選択を支援し、また、そのプライバシーを十分に保護しなければならない。

(基本的人権の尊重)

第六条 人間の尊厳に鑑み、日本国憲法に明記されている「個人の尊重」(第13条前段)、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」(第13条後段)、「法の下の平等」(第14条)、「思想及び良心の自由」(第19条)、「信教の自由」(第20条)、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(第25条)等の規定は、生命倫理にとっても重要であり、これら基本的人権が侵されることのないようにしなければならない。

(自律性が未発達または低下した人の権利擁護)

第七条 自律性が未発達または低下した人については、その意思や権利要求が必ずしも明確でないために、インフォームド・コンセントあるいはインフォームド・チョイスの原則が適切に適用できなかったり、その権利が損なわれる虞がある。それゆえ、そのような人については、特にその尊厳に配慮するとともに、権利擁護に十分努めることが必要である。

(恩恵の原則に対する人間の尊厳の優位)

第八条 人類に多大な恩恵をもたらすと予想される研究あるいはその応用であっても、本憲章の精神に悖ると判断される場合、本学はこれを承認しない。関係部局の倫理委員会等は、人間の尊厳を損なう虞のある研究やその応用が計画された場合、これを承認してはならない。

(恩恵と危害の予測と評価)

第九条 医学及び生命科学の研究とその応用は、人間の尊厳を尊重し、個人、社会及び人類に最大限の恩恵をもたらすことを目的とする。しかしながら、そのような研究と応用は時に大きな危険及び負担をともなうゆえ、予測される恩恵は、予測される危害を考慮して慎重に評価されなければならない。

(研究計画等を適切に評価できる人材の育成)

第十条 医学及び生命科学の研究と応用に関する恩恵と危害の評価に際しては、当事者(クライアント、被験者、試料提供者等)への影響、環境への影響や未来の世代への影響とともに、実験動物等の適切な取り扱いも考慮しなければならない。研究計画等の評価は、可能な限り広い視野と長期的視点から行う必要があることから、本学は、科学の歴史を踏まえた教育と啓発活動により、評価についての高い資質を備えた人材を育成する。

(恩恵の公正な分配)

第十一条 医学及び生命科学の研究とその応用によってもたらされる恩恵は、総計として大きいだけではなく、不当に偏ることなく公正に分配されなければならない。例えば医療の場合には、各種の医療資源配分は最大限公平でなければならず、また、環境への負荷や遺伝的改変等を伴う研究及びその応用の場合には、未来の世代にも配慮しなければならない。

(社会的差別の防止とその要因の除去)

第十二条 医学及び生命科学の研究とその応用は、それ自体は非常に有用なものであっても、社会的差別の要因となる可能性がある。特定の個人あるいは集団の遺伝情報にかかわる研究の場合、その情報が流出することによりプライバシーが侵害され、就労、結婚、保険契約等に関する差別が生じることが懸念される。それゆえ、本学でこのような情報の流出防止に努めるとともに、差別を生み出す要因を多面的に分析し、その発生防止に万全を尽くす。

(学内外の共同作業と情報公開)

第十三条 生命倫理に関する要請はきわめて多面的であり、これに適切に対応するには、学内外の各分野の専門家による共同作業が不可欠である。それゆえ、各部局において生じた、あるいは今後生じることが予想される重要な問題については、全学的に情報を集約し、情報公開に堪えうる態勢を整備する必要がある。

(各種宣言・ガイドライン等との関係)

第十四条 生命倫理の具体的な課題については、世界医師会のヘルシンキ宣言をはじめ、関連学会、省庁等によって作成された最新のガイドライン、指針等を尊重する。その際、これらとの整合性を形式的に点検するだけではなく、本学における医学及び生命科学の研究とその応用が、生命倫理の精神に貫かれたものになるよう認識の深化を図る。

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生命科学系事務課
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