WEBマガジン「KUMADAI NOW」熊本大学工学部公認サークル 災害復旧支援団体「熊助組」

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大学で被災

image02.jpg 2016年4月14日午後9時26分、熊本地方を震源とする大地震が起こりました。熊本大学のある熊本市中央区は震度6弱の揺れを観測しました。熊本大学工学部公認サークルである災害復旧支援団体「熊助組」が活動を始めたのは、その直後。「まずは役員を集めて夜通しで復旧支援計画を練りました」と、自然科学研究科博士前期課程2年の太田光さんは話します。「次の日に、避難所になっていた熊大の体育館へ支援に入りました。避難しに来た人に毛布を渡したり、体調を気遣ったりしました」。その後、グループに分かれて交代で避難所支援を行うことに。
そして、日付が変わった16日の午前1時25分。大きな本震の際、太田さんは避難所にいました。「体育館が停電したため、避難者と一緒にグラウンドに出ました。地域の方も避難しに来られたので、その人たちを誘導したり、メンバーの安否確認を行ったりしました」と太田さんは当時を振り返りながら話してくれました。「避難所運営は生協組織部と紫熊祭実行委員会と体育会が連携して行っていました。私たちは、避難者、特に孤立している人への声かけを行いました」。

ボランティアをして見えてきた課題

image03.jpg その後は、熊本県の社会福祉協議会と連携を取りながら支援活動を行った熊助組。環境が整い始めると、熊大の減災センターの仮本部に熊助組の対策本部を置きました。まず始めたのは、熊本市周辺の社協への電話確認。どんなニーズがあるのか、ボランティアセンターはいつ立ち上がるのかを聞いた上で、必要なところへメンバーを派遣しました。「大丈夫だと言われたところにも、『何か困ったことがあったら連絡をください』と連絡先を伝えました。嘉島町や美里町、宇城市から電話がありました」、他にも菊池市や菊陽町にも派遣をしたと太田さん。「どこもあまりメディアに取り上げられていない地域。益城町や西原村にも行ったけれども、ボランティア参加者が溢れていて、できる活動が限られていました。大切なのは、ボランティアのニーズを発信する力を自分たちでも見つけていくことだと感じました」。
そこで、太田さんを含む役員は、ボランティアの派遣と並行して、情報の収集・見極めを行い、ボランティアの運営管理を開始。メンバーを危険な場所へ行かせないことはもちろん、「私を含め、就職活動中のメンバーも多かったので、その配慮もしました」と太田さん。しかし、被災地へ行くには、どうしても車が必要で「車を持っているメンバーにはその配慮もなかなかできませんでした」と話しました。
また、現場とボランティアの認識のズレを強く感じる場面も多々あったそうです。自然科学研究科博士前期課程2年の西嶋航さんは、「来られている皆さんは、いろいろな能力をお持ちなので、そんな自分の力を活かしてボランティアをしたいと思われているようです。何かしたいと思って来たけれど、予想とは違う作業内容に驚く参加者の方もいらっしゃいました」と話します。「参加者と現状のギャップに、ボランティアセンターの運営のむずかしさを感じるとともに、そういったところも支援していけたらと考えています」と太田さん。

過疎地の被災者に見た復興力

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熊助組の活動は、まだまだ続きますが、「熊本大学が一体となって動けたのが良かった」と太田さんはふり返ります。地震直後、工学部の教員による熊助組の活動の場の提供や食事の提供があったのは本当にありがたかったと話します。「今でも活動のたびに提供していただいております」。また、避難所の運営に医学部の学生が入り、熊助組の手伝いもしてくれたそうです。「菊池市の要援護者の支援に入ったとき、高齢者の方とどう接していいのかわかりませんでした。そこで看護学科の学生にお願いして手伝ってもらったこともあります」。
今後は仮設住宅や避難所での復興イベントを計画中とのこと。「7月の上旬に香川大学の人たちと一緒に流しそうめんをしたり、8月の上旬に夏祭りをしようと考えています。仮設住宅に引っ越した被災者同士の交流の場づくりや、慣れない生活へのストレス緩和のため、今後は、こういった活動が必要になってくると感じています」と太田さん。「ニーズを拾って行動することには限界があります。これからは、現場の現状を把握して被災者の声を聞いていかなければなりません」。熊本が一日でも早く復興するように、熊助組は今日もどこかで活動しています。
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(2016年7月28日掲載)
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